「反ワクチン主義者」は
非合理的ではなく非道徳的

「反ワクチン主義者」は――中身のない陰謀論を信じやすいという欠点はあるが――非合理的なのではなく、非道徳的なのだ。自分で参加することなしに協調する集団から利益を得ようとするからだ。

 生物界では、あらゆる場面に集団行動問題が潜んでいる。カリフォルニアのセコイアの木は日の光を求めて100メートルを超える高さに育つ。頂点を目指す非効率的な競争をやめて、50メートルの高さで全員が共存する道を選ぼうとはしない(注4)。

 集団行動は不可能ではない。しかし、ここまで紹介してきた例と集団行動問題の根底にあるロジックから、協調し合える「私たち」の形成を阻む強力な障害が存在すること、そしてその障害を取り除く普遍的な方法は存在しないことがわかるだろう。協力関係は悪用されやすいという問題を解く方法は存在しない。

 このことは、人間のモラルの進化にとって、何を意味しているのだろうか?人間に似た生物の小さなグループを想像してみよう。そこでは誰もが自分のために戦い、自分の利点にしか興味がない。協調性は存在しない。

なぜ自己中なヤツほど競争に勝てるのか?「そりゃそうだ」と思える納得の理由『MORAL 善悪と道徳の人類史』(ハンノ・ザウアー著、長谷川 圭訳 講談社)

 そこに偶然、遺伝子の突然変異により、ほかよりもほんの少しだけ利他的で協力的な性質をもつ個体が生まれる。この個体は原始的な道徳心をもち、場合によっては、他を悪用したり自分を優先したりすることを避ける行動を選ぶ。

 そのような変種が優勢になることは決してなく、リソースや生殖をめぐる闘争で敗れ去るだろう。強烈な選択圧にさらされるため、この変種が集団内で広がることはない。誰もが互いに協力する逆パターンの集団も、同じ結果につながる。

 突然変異で生まれたほかのメンバーよりもわずかに非協力的な個体は、競争で有利な立場に立つ。その個体がより多くの子孫を残し、その遺伝子は集団内で急速に広がるだろう。つまり、進化における選択圧は、つねに道徳的な行動に不利になるように働くということだ。これこそが、協力の謎なのである。

注4  Simler, K. & Hanson, R. (2018). The Elephant in the Brain. Hidden Motives in Everyday Life. New York: Oxford University Press, 28