「受験の失敗=人生の失敗」ではない

 僕は夢を持って努力はしてほしいと思っています。ですが、そのためだけに生きることもしてほしくないと同時に思います。

 たとえば、皆さんの夢がなにかしらの理由で叶わないとわかったとき、きっとがっかりして落ち込むと思います。

 受験や就活も同様です。僕は頑張る人は全員希望通りの進路に進んでほしいと思っていますが、残念ながらそうはいきません。東大を希望すれば全員入れるわけでもないですし、有名企業にも誰でも入れるわけではありません。

 僕だって、浪人を経験しましたし、早稲田の別の学部には落ちました。ですが、希望通りではないからと言って、それまでの努力はムダになるのでしょうか。少なからず「努力できた事実」は残ると僕は思います。

 しかし、結果だけにこだわってしまうと、このことに気がつけなくなります。人によっては、頑張った自分すら否定してしまいます。

 はたして、それは幸せなのでしょうか。

 大学受験はその大変さから、多くの10代がこれ以上ないほど真剣に取り組みます。しかし、第一志望に進学できる人は限られており、それ以外の人は第二志望以降の大学に進学します。

 このときに、「自分は頑張ってもダメな人間なんだ」と思うのはやめましょう。断言しますがそんなことはありません。「東大に落ちたから...」「早慶落ちだから...」など、もちろん真剣にやっていたからこそ落ち込む気持ちはわかりますが、それでもたかが1回の試験に落ちただけです。それで人生がダメになるなんてことは決してありません。

 ひどい場合は大人になっても学歴コンプレックスを抱えてしまい、なにをするにしても「自分は優秀じゃないから」と卑屈になってしまいます。

 すると仕事のパフォーマンスも下がりますし、プライベートでもモヤモヤした気持ちが続きます。

 長い人生でこれほどもったいないことがあるでしょうか。

 たった一度の試験に落ちただけで、その人の才能が決まるわけではありません。あくまで大学受験は「大学に入るための試験」であり、「人生のすべてを決める試験」ではないのです。

 それなのにもかかわらず、大学受験を大きく捉えすぎてしまい、人生を棒に振ってしまう人が毎年たくさんいます。

びーやまwakatte.TV・びーやま氏(Photo by Akifumi Shintani)

 僕たちは日々「幸せ」になるために生きています。「不幸」になることを目的に努力をしているわけではありません。

 ですから、自分の努力を否定して自らを不幸に追いやるのはやめましょう。

 こういった話をするのには理由があります。

 受験にのめり込みすぎて、失敗したときに人生を諦めてしまう人が毎年います。そこまでの努力や思いを考えると僕も苦しい気持ちになります。

 しかし同時に、「受験くらいで人生を諦める必要はまったくないのに」とも思います。普段学歴の重要性を説いているので矛盾するようですが、受験や学歴はあくまで皆さんのオプションであって、大事なのは皆さん自身です。