「持ち帰って検討する企業」と「爆速で進める企業」明暗を分ける〈漢字2文字〉の違い『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の起業マンガ『マネーの拳』を題材に、ダイヤモンド・オンライン編集委員の岩本有平が起業や経営について解説する連載「マネーの拳で学ぶ起業経営リアル塾」。第6回は、企業の意思決定のスピードを分けるポイントを論じる。

「今の俺は生きてねえ…」

 実業家・塚原為ノ介から1億円の出資を受けることになった花岡。だが、塚原は「ホームレスを10人雇って事業を立ち上げる」という出資の条件を突きつけた。

「1億円を使ってこの俺で遊ぶつもりか…」「しかし1億円のキャッシュ…簡単に手放すのも惜しい…どうする?」

 葛藤する花岡を見かねたのはビジネスパートナーであり、同郷の友人でもある木村ノブだ。彼は塚原に土下座し、出資の話を白紙撤回するよう頼み込む。そしてなかば無理やり花岡を連れ、塚原の前から去るのだった。

 戸惑う花岡だが、ノブからは「断ってもらって内心ホッとしているのではないか?」と言われて虚を突かれたかのような表情を見せる。

 その後、花岡は、かつて世界一を目指してトレーニングを続けたボクシングジムを訪れる。自分より若い世代のボクサーたちの熱気を浴びた花岡。だがふいにジムの鏡を見ると、そこには年老いた自分自身が映っていたのだ。

「今の俺は生きてねえ…」「こんなの…俺じゃねえ!」「もう一度戻るんだ、世界の頂点目指してた頃の俺に!」

 鏡に映った自分を否定するようにつぶやく花岡。かつてボクシングで王者の座についたのと同じように、ビジネスでも世界の頂点を目指すと誓うのだった。

経営者に必須「2文字」の重要スキル

漫画マネーの拳 1巻P137『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク

 覚悟を決めた花岡は、再び塚原と面会。ホームレスを雇うという条件を受け入れて、出資をあおぐ。最終的に塚原は出資を決定したが、「決断まで時間がかかったことは、経営者として反省すべきだ」と語る。

 起業家、経営者に求められるのは「決断」をすること―― 。以前のコラムでも近しいことを書いたが、これは筆者がスタートアップを取材する中で何度も聞いた言葉だ。

 大企業などと比較して、限られた人材や資金で戦うスタートアップにとって、スピード感のある決断は必要不可欠。「持ち帰って検討します」などと言っていてはチャンスを逸してしまう。

 今でこそ、その距離を縮めている大企業とスタートアップだが、10年ほど前を振り返れば、「決断スピード」の違いですれ違うことも少なくなかった。

 少数精鋭の代表や経営陣が、都度自らの判断でプロダクトを作り上げていくのが、スタートアップの基本姿勢だ。

 外部から資金を調達して、身の丈以上のスピード感での成長を求められることも多いため、「資金がいつ枯渇するか」を把握して、そのタイミングまでに、いかに企業価値を上げて次の資金調達をするかも考えなければならない。調達が遅れると社員に給与も支払えないという、薄氷の上を歩くような決断を求められる場面もある。

大企業の「スーツ組」への反発

漫画マネーの拳 1巻P138『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク

 一方で大企業の社員は、管掌領域や権限の問題もあり、自分だけで実現できることが限られる。いざスタートアップと連係するにしても、上司や部署間での調整などに時間がかかり、社員にとって最速であっても、結果としてスタートアップの求めるスピード感とは一致しないわけだ。

 スタートアップ側からは「あの大企業は決断の回答が遅すぎるので組めない」という声が、そして大企業側からは「スタートアップは礼儀やルールよりも決断の回答を求めるから組めない」という声がそれぞれ上がるという時代もあった。文化の違いを示すエピソードとして、こんな話がある。

 当時のスタートアップは、大企業の社員らを「スーツ組」と揶揄することも少なくなかった。スタートアップのエコシステムに入り込みたい大企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル。企業が運営するベンチャーキャピタルのこと)担当者などは、イベント登壇の際、自己紹介の冒頭で「今日はスーツではなく、Tシャツで来ました」とわざわざ語って、スタートアップの側に立っていることをアピールしていたのだ。

 だがそれももう昔の話だろう。今となっては大企業が「新規事業を作り上げる」ということの難しさを知って、CVCでの出資やM&Aなどを積極的に行っている。

 一方でスタートアップも上場へのハードルが上がったことから、大企業らによるM&Aに期待を寄せるケースも増えている。決断のスピード感についても、目線が合ってきたと言えるだろう。

 改めて出資を受けることになった花岡。だが塚原は、一度は出資の話を断った花岡に対してある「ペナルティー」を科す。次回、そのペナルティーとどう向き合うのか。

漫画マネーの拳 1巻P139『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク
漫画マネーの拳 1巻P140『マネーの拳』(c)三田紀房/コルク