やなせワールドの考察に欠かせない
「なんのために生まれてきたか」

「なんのために生まれてきたか」は第5話でもくらが、結太郎(加瀬亮)が亡くなったとき「なんのために生まれてきたがやろ」と嘆いていた。

「なんのために生まれて」の問いは、嵩のモデルであるやなせたかしが作詞した『アンパンマンのマーチ』の歌詞にもある。「なんのために生まれてきたか」はやなせワールドのキーワードなのだ。

 やなせたかしの著書の一冊に『ボクと、正義と、アンパンマン なんのために生まれて、なにをして生きるのか』(PHP研究所)というものがある。「赤ちゃんは天使」「すなおな心がいいものを選ぶ」「豊かな自然は人を育てる」などと素敵な項目のなかに「お金がもうかる正しい原則」という妙に生々しいタイトルがあった。

 とっても道徳的な作家のイメージであったのに、「お金がもうかる」というワードはなんだか違和感。逆に興味をもってページを繰ってみると――。

「食品の汚染については割合とチェックされるようになったが、精神的な汚染ということになるとほとんどチェックされません」

「思想はどんなに自由でも子どもの精神の成長に悪影響を与えるものはいけないにきまっていますよ」

 などと書いてあった。ああ、よかった。やなせはやっぱり、誠実な人だった。良心的に生きていればお金もついてくるという趣旨の文章で、書かれていることにいちいちうんうんと大きくうなづいてしまった。

 いつの頃からか私たちは、毒のあるものや刺激的なものを享受し過ぎたかもしれない。そういうものも表現としてあってはいいけれど、新しさや強度を求めるあまり、常識や礼節や他者を思いやる心がおろそかになっているかもしれない。

 これから学んでいく子どもたちには、成長後に何を選択するかは自由であっても、選択肢はたくさん手渡したほうがいいし、基本的なやさしさや思いやりや礼儀はまず伝えたほうがいい。

 第1、2週の幼少期編で、思いやりの心を丁寧に誰もにわかりやすく提示していたのは、やなせの信条をリスペクトした結果なのだろう。やなせの主張が、2025年のいまも有効であると信じたい。

 ちなみに「現代の女性に求める九の反省」も興味深かった。この項目を読んだだけだとやなせたかし、人格者のようで意外と面倒くさそう。奥さんの暢さんはよくできたかただったのだろうなあと思った。