顧客に迷惑をかけてしまったのですから、部下も「事前に制作部に仕事を依頼すべきだった」ことは認識しています。そこで、次のマンガのような対話が展開されました。





この対話における主要テーマは、「どうすれば、制作部のアフロ主任に仕事を引き受けてもらえたか?」ということでしたから、部下(ノビさん)が「今回のコンペで勝てれば、制作部も評価されることを強調すればよかった」と気づいたことで、すでに「収穫」はあったと言うことができます。
ところが、部下が「そうしておけばセンスさんをバタバタさせることもなかったのに」と反省の弁を述べたのを、上司は見逃しませんでした。
「相手のためを思って遠慮したら、それがむしろ迷惑をかけてしまったかもしれない……」と、部下の言葉に対して「意味づけ」を行ったのです。これが「意味の明確化」です。
この「意味の明確化」を受けて、部下は「今度は、事前の協力をお願いします。ただ、無理を聞いてもらうんじゃなくてWIN-WINで」と発言。「意味の明確化」が部下の気づきを促し、今後の「行動指針」が一つ明確になったというわけです。
このように、「意味の明確化」は、対話を通じて、相手に「気づき」を促したり、共に「正解」を創り出すうえで、非常に効果的な技法なのです。
二人の対話のなかからキーワードをすくい上げる
ここで大切なのは、意味を取り出す際には、必ず二人の対話のなかからキーワードをすくい上げるということです。
つまり、上司の頭のなかにすでにある「正解」を唐突に取り出すのではなく、対話のなかからすくい上げたキーワードをもとに、「まだ存在していない意味」を“今、その場で”二人で創り上げるということ。だからこそ、それは一方通行の「教示」に陥ることなく、上司と部下の共同作業となり、部下の「主体性」や「オーナーシップ」が芽生えてくるのです(「部下否定」も避けることができます)。
相手が口にした言葉を「オウム返し」にする
なお、「マイクロ・カウンセリング」には、この「意味の明確化」のほかにも、「意味の反射」(Reflection of meaning)という効果的な技法があります。これは、「相手が話した重要な意味、ポイントをオウム返しで繰り返すことにより、大切なポイントに意識を向ける」というものです。
「意味の明確化」が、相手が話したことの「重要な意味」を、自分の言葉として伝えるのに対して、「意味の反射」は、相手が口にした言葉をそのまま「オウム返し」することで、相手にその言葉の「重要性」を意識させることに特徴があります。
たとえば、こんなイメージです。
部下「あの取引先は、いつも急に仕様変更を言ってくるので困っています」
上司「へぇ、いつも急に言ってくるんですね?」
部下「あ、いえ……、正確には、いつも、というわけではないですが……」
上司「ほぉ、では、どういうときに言ってくるんでしょうね?」
ここで上司は、「教示・アドバイス」に類することは一言も口にせず、単に、「いつも」という言葉を「オウム返し」しただけです。しかし、この問いかけによって、部下は、「取引先が急に仕様変更を言ってくる理由」を考えるきっかけを与えられたわけです。
このように、「意味の明確化」や「意味の反射」といった技法を活用することで、部下に「教える」ことなく、「気づき」のきっかけをつくることができます。そして、このようなコミュニケーションを重ねることが、部下の「自立」「自律」へとつながるのです。
(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。