前夜の柳井家で
豪の話は出なかった?

 おもしろいのは、前の晩、寛(竹野内豊)になんでのぶを怒らせたのかと尋ねられたときだ。嵩と同じくらい若い男性が戦地に行っているのに銀座でへらへら浮かれていると責められたというような説明をする嵩に、寛は豪の話をしない。いや、したかしないか、視聴者にはわからない段階で場面が切り替わってしまうのだ。

 嵩の話を聞いた千尋が、いま、女子師範学校はそういう空気に満ちているし、自分の通う学校もそうだから、のぶの気持ちがわかると言う。千尋もこのときは豪のことは口にしない。寛は黙ってワインをグラスに手酌する。そこで場面が切り替わる。

 ちなみに、ここで千代子(戸田菜穂)にお酌をさせていないところで寛が悪しき日本の慣習に囚われておらず、海外の通例を知っていることがわかる。

 話を戻そう。海で千尋から豪が出征したと聞いた嵩。

嵩「俺たちこれからどうなるんだろう」
千尋「わしらもいずれは兵隊にとられる」
健太郎「早く終わってくれんかいな戦争」

 健太郎と千尋と嵩は海を眺めながら、やがて戦争に駆り出されるであろう自分たち男の運命を想う。このとききれいな海が少しさみしく見えるようだった。

 と、そこにようやくのぶがメイコに連れられて来た。

 のぶはあんぱんを手渡し、嵩と仲直り。あんぱん→屋村(阿部サダヲ)の話題を通して、のぶと嵩の間に、誰しも言いたくないことはあるという共通認識が生まれる。

 屋村がなぜか自分の過去を言いたくないように、のぶも、理由は口にしたくないが怒りの感情を他者にぶつけてしまうことがある。嵩はのぶの怒りの理由を知ってまず自分から謝る。そこでのぶもようやくほこを収めることができた。

 嵩の絵が上手いとか下手とか関係なく「優しい」とのぶは言う。のぶの言葉にできない気持ちを慮ることのできる優しさが嵩の絵に現れているのだろう。

 健太郎がわざわざギターを寛から借りて持って来ていて、ギターで『椰子の実』をメイコと合唱する。

「転んで、手を取られて、ぽぉっ…」メイコ(原菜乃華)の恋、はじまりました。【あんぱん第32回レビュー】