朝ドラ“定番”の歌
『椰子の実』

『椰子の実』の歌詞は島崎藤村によるものだ。書いたきっかけは民俗学者・柳田國男である。彼は20代の頃、渥美半島の伊良湖岬に椰子の実が流れ着いているのを見たことをきっかけに、日本民族の祖先は遠い南方から海を北上し沖縄の島づたいに渡来した仮説を思いつき、晩年「海上の道」を書いている。

 藤村は柳田の伊良湖岬での体験を聞いて、『椰子の実』の歌詞を思いついた。椰子の実のように故郷から遠く流れついた者たちの郷愁を歌った歌として愛されるようになった。

『椰子の実』は朝ドラでおなじみの歌である。『ひよっこ』(2017年度前期)では主人公が勤務する工場の女子寮のコーラス部で歌われた。また『ちむどんどん』(22年度前期)では主人公の妹が歌っていた。

『ひよっこ』では故郷から東京に出稼ぎに来た少女たちの想いを、『ちむどんどん』では沖縄という島の
ルーツを想起させた。『あんぱん』では、豪をはじめとした故郷を離れ戦場にいる者たちの気持ちを想う歌として響いた。

 柳田國男の民俗学的な視点からはじまったものが、島崎藤村の歌詞になり、意味が拡大し、いろいろな立場の人たちの想いと重なっていくことが興味深い。

 海辺で歌ったメイコと健太郎。健太郎に「メイコちゃんの歌声はすてきやねえ。心がきれいに洗われるばい」と言われて、ぽぉっとなるメイコ。仲直りは「メイコちゃんのおかげやね」と言われさらにぽぉとなる。

 焦りを隠して小走りすると砂に足をとられて転んでしまい、健太郎に紳士的に手を差し伸べられ、「行こう」とさわやかに微笑まれ。これは、もう完全に恋に落ちただろう。メイコのドキドキ表現が昭和初期らしく古典的で、逆に新鮮だった。こういう所作が似合ってしまう原菜乃華は令和に貴重な存在である。

 メイコと健太郎のこれからが気になるが、今日気になったのは鰹のたたき。久しぶりに帰郷した嵩と、遊びに来た健太郎を歓迎する夕食はちらし寿司と鰹だった。高知の名物・鰹は初夏が旬。視聴者的には、高知で鰹を食べたいという気分になる。

 ただ、ドラマでは夏休み中なので、初鰹(3~5月頃)ではなく、戻り鰹(9〜11月頃)には少し早いかもしれない。旬じゃないけどいいの?と思ったが、初鰹と戻り鰹の間の夏鰹は脂がほどよくのっていて、これはこれで美味らしいのだ。

 高知の人たちだからおそらく、一年中、生活のなかに鰹があるのだろう。百聞は一見にしかず。初鰹と夏鰹と戻り鰹を食べ比べてみたいものである。

 海といい鰹といい、高知への誘いパワーのある第32回であった。

 「転んで、手を取られて、ぽぉっ…」メイコ(原菜乃華)の恋、はじまりました。【あんぱん第32回レビュー】