黒井先生は
のぶの弱さを見抜いている
そこには楽しそうな絵が描いてある。それを見てのぶは改めて、子どもの時、嵩の絵に救われたことを思い出し、ふっと笑ってしまう。
しんどい時いつもそばにいてくれた嵩。
「でももう手紙がくることはないと思います」
笑ったかと思うと泣くのぶ。情緒が不安定。それを見て、黒井は「あなたはやっぱり弱い」と指摘する。もしかして嵩が出征してしまったのかと誤解したのかも? あるいは、この手紙の主がそんなに好きなのかと思ったか。そのどちらかであろう。
今田美桜は瞳が大きいので、涙がその瞳にたまるととても絵になる。
手紙の主のことを思って泣いているのぶを見て黒井は、
「結婚して家庭に入り子どもを生み忠良なる日本国民に育て上げる」
その道に行くなら引き止めないと助言する。
この場面のおもしろさのひとつは、誰もが強いと信じて疑わないのぶが、実は弱いところを黒井が見抜いていること。そんなのぶだから、就職するより家庭に入ったほうがいいのではと考え直すことをおすすめしているのだ。
のぶのモデルの暢は職業婦人になったものの、やがてやなせたかしの妻として家庭に入り彼を支えていくことになる(暢とやなせの間には子どもができなかったようだが)。黒井の提案は、そのことを暗示するかのようにも見える。
のぶは黒井がなぜ家庭に入る道を選ばず、教師になったのか尋ねる。
黒井は学校を卒業してすぐ結婚したが、子どもができず婚家を追われたと語る。
淡々と手短な話であったが、それだけで十分、黒井の状況は伝わる。だからのぶはそれ以上何も言わない。
「子どもを生み忠良なる日本国民に育て上げる」ことができなかった黒井は教師となって「忠良なる日本国民に育て上げ」ようと頑張っていたのだろう。彼女の冷たさは、絶望からくる虚無なのかもしれない。のぶの手紙のことを上に報告しないと黒井は淡々としながらもかすかな情を見せる。
おかげで問題なくのぶは卒業式を迎えることができた。
黒井は生徒たちにこの闘いの目的は何かと問う。
「東洋の平和 世界の安泰 御国の栄光!」
生徒たちが瞳を輝かせ前を向いて唱和する言葉に黒井は満足そうだった。
別れ際、黒井はのぶに「愛国のかがみたれ!」と言って見送った。
黒井には哀しい過去があるが、それはそれ。いまの黒井はいろんなことを捨ててお国のために働いていて、それ以上でもそれ以下でもない。のぶに対してすこし情が動いたようでもあるが、わかりやすく打ち解けたりしないところがクールでおもしろい。こういう描写には作り手の意図があると思うので、記憶しておきたい。