ひとりでレジに立つようになってからも、お客に5000円札と小銭35円を出され、535円と入力して、お釣りが出せなくてパニックになった。千円札を1枚出されたお客の金額を1万円と間違って入力してしまい、8000円のお釣りを渡してしまったこともあった。危なっかしくてこちらも目が離せなかった。通常、2人体制で店を回していくが、徹也君が入る際には必ず3人体制にしていた。

 私は徹也君に毎日、課題を与える*ことにした。数字をよく間違えていた彼に、自宅で電卓に数字を打ち込む練習をさせ、とにかく数字に慣れさせるようにした。

 それからさらに数週間がすぎるころになると、徐々に数字の打ち間違いもしなくなった。

 敬語の使い方も知らなかったし、先輩やお客に対する態度もどこかぼうっとしていたのも、徐々に改善してきた。私たちや先輩たちを見て、学んでいったようだった。失敗をすると、頭が膝につくくらい深々と頭を下げて謝った。

 だいたいのことができるようになったのを確認して、私は最初面接したときと同じ事務所の椅子に徹也君を座らせた。

「徹也君、これまで君がシフトに入るときには、必ずもう1人つけていたのを知っているよね。ふつうは2人体制でやっているの。でも、徹也君がひとりではレジに立てないから、3人体制でやってきた。1人分、余分にお給料を払ってきたの。もう、誰かを頼らなくても、ひとりで仕事ができるよね」

「ま、やってみますかね」とは言わなかった。両手を膝の上に置き、真剣な眼差しでこちらを見据えながら、しっかりとうなずいた。

 その日から、徹也君は、どんないかつい人が来ても、さっと自分からレジに走る*ようになった。それどころか、何かに覚醒したかのように、自分で仕事を見つけ、次々、率先して動くようになった。

 これまで従業員みんなでかばってあげねばならない対象だった徹也君が、誰より気づき、誰より動くのに驚いたのは私だけではない。一緒に働いている先輩のバイト学生たちもまた驚いたようだった。自分が気づかないでいる横で、“引きこもり”で“お荷物”だったはずの徹也君が先へ先へ仕事をする。

 みんな衝撃を受けたようだった。おかげで私があれこれ指示を出さなくても、全員がとてもよく気をきかせて働いてくれるようになった。これは意外な産物だった。