企業が「ステルス値上げ」に向かう理由

 興味深いことに、この仮説の提唱者は、「ステルス値上げ」も同じ理屈で説明できると説く。コストが変化したときにそれに応じて価格(正確には表面価格)を変更すると「寝た子を起こす」リスクがある。企業はそれを回避するために値札は変えない(しかし容量・重量は変える)という、やや姑息な策に走る。

 日本の慢性デフレ期には多くの企業が「ステルス値上げ」に向かった(拙著『物価とは何か』第4章を参照)。この仮説に沿って解釈すれば、これは、日本企業の多くが寝た子を起こしたくないと考えたからだ。

 実際にそうだったかどうかを確かめるにはさらなる検証が必要だ。だが、仮にこの仮説が正しいとすれば、日本の消費者は値札が変わらない限り真剣な検討モードのスイッチが入らない傾向が他国より強く、日本企業も寝た子を起こしたくないと考える傾向が強いことを意味する。

 消費税率の引き下げと引き上げの際の転嫁率の非対称性に話を戻すと、「ステルス値上げ」が日本で多発したという事実は、税率引き下げと引き上げの非対称性が欧州で観察されたよりも強い可能性を示唆している。

実効性のある消費税減税とは

 消費税減税の支持派は、消費者を富ませることが減税の目的と説く。しかしそうであれば、単に減税を実行するだけでなく、減税の利得の多くが消費者に向かうスキームを用意する必要がある。

 例えば、85年のプラザ合意後の円高期や90年代前半の超円高の時期には、円高で輸入コストが大きく下がったにもかかわらず最終小売価格があまり下がらず、円高メリットが消費者に還元されないという事態が生じた。そうした中で政府(公取委や消費者庁など)は、小売価格の継続的なモニタリングを行い、不当な価格据え置きに対しては行政指導や勧告などの措置を行った。

 仮にこれと同様の施策を今回も行うのであれば、消費税減税の実行コストはさらに膨らむことになるだろう。消費税減税はそのコストに見合うものなのか否か。財源のつじつま合わせを超えた、精緻な論戦を与野党の政治家に期待したい。