
“尽くす”という精神を
どうやって体現するか
「新神戸にできたアンパンマンミュージアムのテープカットにご一緒しました。そのときはご病気で、目も見えず足も動かず耳も遠くなっていて、そんな満身創痍の状態にもかかわらず、先生は舞台に出るときは杖を置いていきたいとおっしゃったんです。
私なりの解釈としては、お子さんたちをはじめとしたたくさんのお客様の前に出ていくのに杖をついた姿を見せたくかったのではないかと思うんですよ。
『じゃあ、私がかっこよくエスコートしていきますね』と私の腕に捕まってもらって、さも腕を組んでいるような感じで舞台に出ていきました。会話もしにくいので先生はトークの段取りもあらかじめしっかり決めていました。この話はいろいろなところでしていますが、話すたびに泣けてきます」
戸田さんは涙ぐみながら「先生の“尽くす”という精神を最後の最後に見せていただきました」と語った。
その時できることを精一杯やる。それが「尽くす」ということ。「できるのにやらないことが一番良くない。50%でも100%でも、できる力がある限りマックスやるということ。それを身をもって私に教えてくださったように思います」
そんな精神をやなせさんはどこで育んだのか。『あんぱん』でも重要視されている、やなせさんの戦争体験であろう。
戸田さんは「やなせさんから直接、戦争中のことを聞いた記憶はないです」と言うが、戦争を体験したやなせさんの精神力を感じたことはあった。それは、東日本大震災のときのことだ。
「震災のあと、先生のところに伺って、私たちはこれから何をやっていけるだろうかという話を、膝を詰めてしたときのことです。
私なんかはあたふたしていたのですが、先生はどーんと構えて、この一大有事をどういうふうに乗り越えていくかという思いやプランを語っていらっしゃいました。
『長期になります。いろんなことをこれからやっていかなければいけない』という覚悟と、『僕は皆さんみたいに、ボランティアで現地に行って瓦礫を片付けることはできないから、その代わりにできることを今からやります』と被災地に送る絵に取り掛かられました。
先生の華奢な体から想像もできない強さがみなぎっていて、ちょっと気圧された記憶があります。やはり戦争というものを体験しているからなのかと感じました」