テリス氏が主張する
「対印関係の限界」
アメリカは2000年代以降、一貫してインドを「対中国戦略」の重要なパートナーと位置づけてきた。
だが、テリス氏はこうした支援が「インドの大国化にはほとんど寄与していない」と断言する。理由は明快だ。インドの国内制度があまりに脆弱(ぜいじゃく)で、先進国から供与された技術や支援を十分に活用できないからだ。
外からの「与える支援」だけでは、インドは変わらない。制度改革、政策の一貫性、官僚機構の近代化といった「内からの改革」が伴わなければ、世界政治に影響力を行使できる大国にはなり得ない。
また、インドは冷戦期から一貫して「非同盟主義」を外交戦略の軸に据えてきた。これは米ソいずれの陣営にも属さず、中立の立場をとることを原則としてきた。
冷戦後も非同盟主義を維持しており、安全保障をロシアに頼る親ロ国でありながら、中国と安全保障関係を深め、NATOとの連携も強めようとしている。
インドは、ロシアのウクライナ侵攻に対して明確な非難を避け、エネルギー輸入を拡大してロシア経済を間接的に支え、西側から批判され続けている。
外交は信頼の上に成り立つ長期的な関係構築であり、「その場しのぎの中立」は同盟形成を妨げるものである。
中立を貫くことが結果的に孤立を招き、いざというときに誰からも頼られない「都合の良い国」に落ち着いてしまえば、非同盟主義というより「無責任外交」に陥る。
さらに、インドは中国との国境紛争を抱えながらも、経済面では中国との貿易を拡大している。BRICSや上海協力機構にも加盟しつつ、Quad(クアッド)にも参加するという多面外交が、「信頼できない国インド」の印象を与える。
インドの非同盟主義は「したたかなインド」と評価されることもあるが、実際には、インドの実力を高めて中国レベルの大国を目指す上では、マイナスに働いているのである。
インドの「国家戦略の欠如」が
成長のポテンシャルを台無しに
もう1つ、ビジョンの問題がある。
同じ新興大国でも、なぜ中国は超大国に成長し、インドは停滞しているのか。その違いの根源には両国の国家戦略の明確さと一貫性の差がある。
中国は鄧小平時代に「韜光養晦(とうこうようかい)」という戦略を掲げた(力を蓄えるまでは身を潜めるということ)。同時に「有所作為」、つまり「できることはすべてやる」という現実主義で、経済と軍事の両輪をひそかに磨き上げてきた。
それに対して、インドは近代国家になろうという意識が弱く、中国のような明確な国家的戦略に欠けている。目標がなければ国家は1つにまとまらず、ましてや国際社会からの信頼は得られない。
この「国家戦略の欠如」がインドのポテンシャルを台無しにしている。