「ナイス登美子!」神出鬼没な“艶やか女優”、今日も出てきた瞬間すべて持っていった【あんぱん第86回】

昔はかっこいい仕事人のようだった
「伏線」という存在

 コント仕立てのなかに、東海林の「何年かかっても何十年かかってもふたりでその答えを見つけてみい」がある。これは嵩の父(二宮和也)が幻となって出てきたときの言葉に似ている。賢明な視聴者はやなせたかしが「アンパンマン」という大ヒット作を生み出したのが60代になってからだったことを知っていて、その伏線だと感じている。

 昔は伏線の役割は、出てきたときは伏線とわからず、そうとわかったときの驚きを演出するものだったはずなのだが、いまや、「伏線」がひとり歩きして、伏線から筋を想像できてしまうヒントと化している。

 ぎりぎりまで身を隠したかっこいい仕事人のようだった「伏線」は消費され尽くし、視聴者や観客の遊び道具になってしまった。これもひとつの「逆転」である。

 嗚呼、逆転しない正義とは何か。

 その頃、蘭子はメイコ(原菜乃華)に「月刊くじら」で原稿を書いてお金を貯めて東京に遊びに行きたいと語る。くら(浅田美代子)も東京に行く気らしい。そのうち、朝田家、東京に行く的なエピソードがあるかも。

 東京と高知の場面が交互に描かれながら、どんどん話が進んでいく。薪鉄子が高知で出馬してギリギリ当選とか、蘭子が再就職して経理をやりながら記事を書き始めたとか、嵩が新聞社を辞める決心をしたとか。

 手短に語られるのみ。

 一緒に食事をしながら、うちに泊まっていけばいいとのぶは言うが、人目を気にする嵩は八木のところに泊まると言う。そのときはじめて、次郎(中島歩)の写真がクローズアップされる。この5カ月、のぶも嵩も次郎のことは気にならなかったのだろうか。気になりながらも愛の本能が燃え盛ることは止められず、でも時々ふと、次郎を思い出してためらうのだろうか。

 どっちかっていうと、こういうところを丹念に書かれたドラマが筆者は見たい。

 そこへ表で物音がして、誰かと思ったら――。

 登美子(松嶋菜々子)!

 まったく神出鬼没な人物である。しかもまったく老けていない。あいかわらず艶やかだ。

 いつも登美子が出てくると、その場がかっさらわれ、登美子しか見えなくなる。今日も、彼女の登場で、次郎問題のもやもやが薄らいだ。ナイス登美子。彼女の存在こそ「逆転しない正義」かもしれない。

「ナイス登美子!」神出鬼没な“艶やか女優”、今日も出てきた瞬間すべて持っていった【あんぱん第86回】