中学のいじめ体験で芽生えた
教育を変えたいという思い

為末 松田さんも職業をいろいろと変えていますよね。根底にはどのような思いがあったのですか。

松田 「子どもたちと向き合う大人を増やしたい」という思いですかね。ただ、はじめから思いが明確に見えていたわけではなく、最初は単純な感情や憤りでキャリアを考えていました。

 自分の著書にも書いたように、私が教師を目指すようになったのは、中学生のときに受けたいじめがきっかけです。そのとき私と向き合って半歩先を照らしてくれる先生に出会って、自分なりに問題を乗り越えていじめを克服できたんです。その経験から、自分も先生になって恩返ししようと考えました。

 あと学校に対する憤りも、教師を目指す理由の一つでした。自分は学校の中で弱い立場にいて、それが原因でいじめの対象になってしまったんです。こうした学校の中を変えないと、また自分のような子どもが生まれてしまう。それではいけないという思いもあって、教師になろうとしたわけです。

為末 でも、いざ教師になってみたら、簡単にはいかなかったようですね。

松田 はい。自分は思いを持って子どもたちと接していましたが、必ずしもすべての先生がそうではありませんでした。生徒の方をちらっとも見ずに、授業中はずっと黒板に向かって授業している先生がいたり…。ここでも「なんかおかしいよね」という憤りがありました。そこで次は行政の立場で教育に取り組んでみようと教育委員会に転職したのですが、ここでもさまざまな壁にぶつかって、「もうこうなったら、自分で理想の学校を作るしかない!」と思いつめちゃったんですね(笑)

将来、職業は「職業」ではなく
「役割」と呼ばれる日がくる?

為末 その後、ハーバードに留学されたそうですね。それはどうして?

松田 「学校を作ろう」と思ったので、教育に関して経営を学べる大学院を調べていたら、その課程が充実している学校がたまたまハーバードだったんです。もちろん入学するために、かなり勉強しましたけど…。

 そして、そこで出会ったのが、全米の優秀で情熱のある人材を教師として送るティーチ・フォー・アメリカというNPOです。ティーチ・フォー・アメリカは、全米の文系就職ランキングでいつも上位に入っています。つまりアメリカでは、教師が憧れのかっこいい職業になりつつある。

 この組織はアメリカのトップ大学を卒業したような優秀な人材を、貧困地区の学校や教育格差の激しい学校へ送り込むんです。受け入れる側も生徒の学力が上がってメリットがあるし、教師として行く側も問題解決能力や生徒たちを導くリーダーシップなどの力が磨かれ、非常にいい経験になる。

為末 ああ、僕の友人にもティーチ・フォー・アメリカを経験した人がいるので、しくみは聞いたことがあります。

松田 今や毎年5500名以上が採用されているので、かなり多くの人が経験していると思います。ハーバードの学生の約18%、5人に一人がこの組織への就職を希望するんですよ。

 社会全体から見ても、いい人材が学校に入ってきて、子どもたちと向き合う大人も増えていきます。僕は、子どもと向き合う大人を増やすために、「学校」、「行政」だけではなく、「社会」を巻き込んでいくしかないなと、漠然と思っていたので、もうこの仕組みを知ったときには「これしかない!」と思って、日本版であるティーチ・フォー・ジャパンを立ち上げたんです。

為末 日本は同じ職業を一生続ける人が多いですが、これからは松田さんのように、職業を流動的なものとしてとらえる人が増えてくるでしょうね。職業は、思いを実現するためのアプローチに過ぎないと僕は思うんです。

近い将来、職業は「職業」と呼ばれず、「役割」とか「関わり方」と呼ばれる日がくるかもしれない。松田さんの話を聞いていると、そんな気がしてきました。

取材・文 /村上敬
次回の掲載は6/20です。


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