現在では彼らは大きなコトを成し遂げ、私も公私ともに大変お世話になっているのですが、彼らが成功できたのは90年代の後半から、自分の想いのあることを見つけ、想いがあるから、好きだからそれをやるというスタンスでそれをやり続けたからでしょう。彼らに共通するのはインターネットやベンチャーが大好きで、インターネットを使って世の中を変えたいと心の底から思っていることです。彼らは、苦しい時、インターネットバブルが弾けようが、IPOを含めた金融市場が冷え込もうが、ひたすら想いの実現にまい進していました。

ぼくがベンチャーに行かなかったわけ

 ぼく自身も学生時代にインターネットの可能性やベンチャーに大きく惹かれていました。しかし、大きく違ったのは「経験も知識もない自分にどうしてベンチャーが経営できるのか?」と変に思い悩み、まずは経営できるように修行を積もうと、外資系の経営コンサルタントの道へと進みました。今思うと“石橋を叩き割って”しまいました。

 経営コンサルタントは、それはそれで刺激的で楽しい、やりがいのある仕事でした。新卒の20代そこそこの若造にして、名だたる大企業の事業部長や部長とプロジェクトチームを組み、社長や役員相手に「御社はこうすべきです」と提案できるのです。コンサルティングの大企業を変革するやりがいと成長実感という大きな魅力を前にして、当初の志であった経営を学び自分もベンチャーの経営に携わりたいという想いを見失ってしまいました。
結局コンサルティングに就いて6年半ほど経った時にふと思いました。
「これって、本当に自分がやりたいことだったんだっけ?」

 経営を学ぶという手段が目的化してしまっている自分に気づきました。いわば何かのスポーツを上手くなるために筋トレを始めたら、筋トレによってマッチョになっていくことが気持ちが良くなってしまい、筋トレバカになってしまっていたのでした。そして、コンサルティングという非常にハードワーキングで、結果に対するプレッシャーも高い仕事で前に進むためのモチベーションが“勝つこと”にすり替わってしまっていました。知らず知らずのうちに、昇進が周りより早いか、給料が周りより高いか……このような相対的な基準で自分自身を評価し、上を見えればキリが無いというラットレースに巻き込まれてしまっていました。

 周りを気にせず絶対値として自分は幸せであると言えること、それこそが幸せへの近道なのです。

疑似起業の経験

 そんな中、自分を見直す意味も含め、ハーバード経営大学院でMBAを取得するためにアメリカに留学することしました。本来自分自身をしっかり持っていれば2年間のモラトリアムは必要なかったと思うのですが、私にとって留学は自分の想いを再度確認し、より具体的にするという意味で、本当に良い経験となりました。漠然と「グローバルな仕事がしたい」「ベンチャーの経営に携わりたい」「クリエーティブなことをしたい」と思っていたのが、自分自身どこまで本気なのか、また必ずしも今までの自分のスキルやキャリアの延長線上にないことをやれるのか自信がなかったのを検証することができました。

 渡米後、まったくツテがない中、アメリカのデザインファームでインターンをし、MBAの授業の単位として認められる個人プロジェクトとしてインターン先のデザインファームの日本事業の立ち上げを仕掛けたりしました。特にデザインファームの日本事業の立ち上げは疑似起業のようなもので、自分自身をストレッチして、自分がどこまでリスクを取れるか測るうえで非常に良い経験となりました。

 日本で事業パートナー兼投資家を見つけて、MBA卒業後は事業パートナー兼投資家から私個人に貸付を受け、デザインファーム、事業パートナー、私の3者で出資して日本にジョイントベンチャーを設立する話になっていました。ところが、米国ではファニーメイの経営危機など2007年にはすでにサブプライムローン問題が顕在化していて、デザインファームとしては不況が目に見えている中で海外には投資ができないということで、ジョイントベンチャーの話は流れてしまいました。