「情動は身体という劇場で
 感情は心という劇場で演じられる」

 最初に「情動」と「感情」をダマシオの本文から整理しておきます。なお、英語で「情動」は「emotions」、感情は「feelings」です。

最新の脳科学と偉大な先人の哲学が融合する<br />サイエンス・ノンフィクションの大作生命調節から情動への直接的な結びつきを木をモチーフにして表しています。
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 情動は身体という劇場で演じられ、感情は心という劇場で演じられる。(略)情動、そしてその根底にある一群の関連反応は、生命調節の基本的なメカニズムの一部である。感情も生命調節に貢献しているが、それはもっと高いレベルにおいてだ。情動とその関連反応は、生命史において感情より先に誕生したと思われる。(51ページ)

 田中三彦氏は「訳者まえがき」でこう説明してくれます。

 われわれの日常生活は、「さて、次はどうすべきか?」という、考えられる多数の選択オプションの中から妥当なものを一つだけ選択する「意思決定」の連続からなっている。普通、最善の意思決定は「合理的、理性的」になされると考えられているが、ダマシオはそうは考えない。(略)実生活において妥当な選択が比較的短時間でなされるのは、特定のオプションを頭に浮かべると、たとえかすかにではあっても身体が反応し、その結果たとえば「不快」な感情が生じ、そのためそのオプションを選択するのをやめ、こうしたことがつぎつぎと起きて、多数のオプションがあっという間に二つ、三つのオプションにまで絞り込まれるからである。合理的思考が働くのはそのあとのこと、とダマシオは考えている。
(「訳者まえがき」7-8ページ)

 これは身体反応と記憶による選択です。情動と身体反応が先に来るわけですから、合理的で理性的な意思決定の前の段階です。田中氏は続けます。

 ダマシオによれば、過去にわれわれがオプションXを選択して悪い結果Yがもたらされ、そのために不快な身体状態が引き起こされたとすると、この経験的な結びつきは前頭前皮質に記憶されているので、後日、われわれがオプションXに再度身をさらすとか結果Yについて考えると、その不快な身体状態が自動的に再現されるからだという。これがダマシオの名を一躍有名にしたソマティック・マーカー仮説(somaticは「身体の」という意味)である。
(「訳者まえがき」8ページ)

 順番はこうです。まず視覚などによる入力→情動と身体的変化→脳に身体マップ形成→感情の出現。そしてそのあとで意思決定となるのです。