最先端の脳科学がもたらした
哲学者スピノザとの邂逅
本書にはもう一つ仕掛けが施されています。万物に神性があるという汎神論で知られるバールーフ・デ・スピノザ(オランダ、1632-77)の哲学をめぐるダマシオの旅です。
スピノザは、科学者としての私がもっとも心を奪われている問題――情動と感情の本質、そして心と身体の関係――を取り扱った。過去の他の多くの思想家が、それと同じ問題に心を奪われてきた。しかし私の目には、これらいくつかの問題に関して今日研究者たちが提示しつつある答えを、スピノザはすでに予示していたように映る。それは驚くべきことだった。(30ページ)
具体的にはこういうことです。
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スピノザが<愛とは、外部の原因の観念を伴った、喜びという一つの快の状態にすぎない>というとき、彼は感情のプロセスと、情動を引き起こしうる対象についてある観念を抱くプロセスとを、明確に区別していた。つまり、喜びと、喜びをもたらす対象は、別のものだった。喜びも、あるいは悲しみも、それをもたらす対象の観念とともにもちろん最終的には心に集合するが、それらはわれわれ有機体の内部の異なったプロセスだった。スピノザは、現代科学がいまや事実として明らかにしつつある機能の順番を述べていたのだ。生物はさまざまな対象や事象に対して情動的に反応する能力を備えている。そしてその反応のあとになにがしかの感情パターンが生じ、そのときにある種の快や苦が必然的な感情要素となっている。(31ページ)
ダマシオはスピノザが没した家を訪ね、街を歩き、思索を深めます。読者はスピノザの哲学をダマシオに導かれて学び、同時に最先端の脳科学を学び、限定合理的な人間の意思決定の謎を解き明かす現場に立ち会うことができます。まったく稀有なサイエンス・ノンフィクションの大作です。
◇今回の書籍 24/100冊目
『感じる脳――情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』
米国の著名な脳科学者である著者が、多くの脳障害・損傷患者の研究から導き出したのが、身体反応(=情動)を脳が受け取り感情を生みだすという考え。これとほぼ同じ考えを持っていたのが、哲学者スピノザでした。最新の脳研究とスピノザの思考がどのようにリンクし、同一の考え方に至ったのかを説いた一冊です。
アントニオ・R・ダマシオ 著
田中三彦 訳
定価(税込)2,940円
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