「この壮大な転換期において、社会の安定を確実なものとするには、既存の企業が、生き残り、繁栄する術を学ぶ必要がある。そのためには、既存の企業が、企業家として成功するための方法を学ばなければならない。われわれは、必要とされる企業家精神を既存の企業に期待せざるをえない」(ドラッカー名著集(5)『イノベーションと企業家精神』)
加えてドラッカーは言う。「企業家的なリーダーシップの能力は既存の企業にこそある。それらの企業は必要な資源、とりわけ人材を持っている。すでに事業をマネジメントし、マネジメントのチームをつくり上げている。したがって、企業家としての機会と能力と責任は、既存の企業にこそある」。
大企業に企業家精神は似合わないとは、虚言である。企業家精神を発揮している大企業はたくさんある。企業家精神に無縁の大企業こそ稀有というべきである。企業家精神抜きで生き残れているはずがないからである。
しかも、既存の企業が、チェンジリーダーとして変革のリーダーシップを取れないならば、せっかくの文明の進歩もここまで、ということになる。
大企業が企業家精神を不得手とするかに見えるのは、規模のゆえではない。既存の事業、特に成功している既存の事業のゆえである。既存の事業は、マネジメントに対し、絶えざる努力と不断の注意を要求する。「日常の危機は常に起こる。延ばすことはできない。既存の事業は常に優先する」。
そもそも、既存の事業が利益をもたらしてくれなければ、イノベーションのための投資もできない。
これに対し、新しい事業は常に小さく、不確かである。どうしても先延ばしになる。
したがって、既存の事業が企業家精神を発揮するには、それなりの構造上の配慮が必要となる。新しい事業を担当する部局を既存の事業を担当する部局の下につけてはならない。
「多くの大企業が企業家としてイノベーションに成功しているという事実が、イノベーションと企業家精神が、いかなる企業においても実現できることを示している。ただし、そのためには、意識的な努力が必要である。企業家精神の発揮を自らの責務とすることが必要である」(『イノベーションと企業家精神』)