政府と日本銀行は、インフレ率(消費者物価上昇率)を引き上げる政策を追求している。「デフレ脱却」と言われる政策だ。8月の月例経済報告は、「デフレから脱却しつつある」とした。これは、物価上昇が望ましいとの立場だ。しかし、「デフレ脱却=インフレ率の上昇が望ましい」という考えは、大いに疑問だ。

 現実の動きを見ると、7月の消費者物価指数(CPI)は、生鮮食品を除いた総合指数が前年同月比0.7%上昇した。6月にも1年2ヵ月ぶりに0.4%上昇したので、2ヵ月連続のプラスだ。これは、エネルギー価格の高騰で輸入コストが膨らんだ2008年11月の1.0%以来の高さである。今回も、6月と同様、円安による輸入物価の上昇によって電気料金やガソリン価格が上がったことの結果である(ガソリンが10.5%上昇、電気が10.1%上昇。他方で、テレビは5.3%、冷蔵庫は12.0%、洗濯機は13.5%、掃除機は22.9%それぞれ下落した)。

 物価上昇が望ましいか否かは、経済メカニズムの理解に依存する。以下に述べるように、物価上昇が実質消費を減少させることは、大いにありうる。そうであれば、消費者物価が上昇すれば、物価上昇と経済停滞が併存するというスタグフレーションに突入することになるわけだ。

 事態は緊急なものとなりつつある。

実質が先か名目が先か?

 消費に関して、つぎの2つのモデルがありうる。この区別は、「実質量と名目量のどちらが経済の真の姿なのか?」という問題にかかわっている。

 伝統的な経済学は、実質量を中心に考える。具体的には、つぎのとおりだ。

 実質所得についての人々が持つ長期的な見通しから、実質恒常所得が決まる。これは、生涯にわたる所得の割引現在値だ。消費者は、これを消費と貯蓄に振り分ける。配分が合理的になされるとすれば、恒常所得の一定部分が消費に回されることになるだろう。そして、実質消費とデフレーターによって、名目消費が受動的に決まる。

 これは、「名目量はベールにすぎない」との考えだ。経済的な決定は実質量に関して行われており、物価が変化しても名目量が受動的に変化するだけで、実質量には影響が及ばないとの考えである。

 実質恒常所得は短期的な経済変動にはあまり影響されない。したがって、実質消費も短期的にはあまり大きく変動することはなく、傾向的な動きを示すだろう。これが変化するのは、リーマンショックや東日本大震災などの大きな変化が生じて、将来に対する見通しが大きく変化したときである。