仮説を立て、推論し
取材するやり方が乏しい

藤代 開沼さんはキャンプでリサーチクエスチョンの重要性を指摘しましたが、ジャーナリストは仮説を立て、このあたりに課題がありそうだと推論して取材をするというやり方が乏しいと感じます。現場に出たとこ勝負というか。

かいぬま・ひろし
社会学者。1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポ・評論・書評などを執筆。著書に『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など 第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。

開沼 確かに仮説思考は乏しかったですね。研究では、先行研究に向き合うことから始める。自分がやりたいことなんて少し調べれば既に絶対誰かが書いている。そういう自分の無力感に向き合った上で、どこかに穴があるはずだと、誰も目を向けていない問いを探って行きます。

藤代 他の記者や専門家が、既にどんなことを書いているか調べることをあまりしない。自分が書きたいものに意識がいってしまう記者が多いと思います。現場主義の弊害でしょう。仮説を立てて現場に向かった方がいい記事になる確率が高まります。もちろん、仮説にこだわりすぎたり、仮説に沿った情報ばかり集めたりする取材は問題ですが。

開沼 あとは、前例主義的というか、記事のコンセプトを作る段階から、すでにある記事と同じか、ちょっとずらして書くことを繰り返してしまうように感じますが、ジャーナリズムはそういうものなのでしょうか。

藤代 他が書いているから安心して書くという構造はあるでしょう。よく言われる話として1日前のスクープというのがあって、警察や官庁、企業の動きを発表より先に報じる記事です。これも、後追いされるのが分かっているので横並びみたいなものです。

 他社と違う切り口、書き方をしない。ある事象や企業も注目されるとどんどん記事がでて、あるとき突然ぴたっととまって、批判に転じる。ライブドアとかが典型ですが、盛り上げて落とす報道のS字カーブがある。そういう予定調和的なものをどうやって崩していくかが大きな課題です。ネット上ではメディアの陰謀説とかあるんですが、開沼さんと話して、メディアの課題が、言説の再生産にあるとあらためて感じました。