日本が行使できるのは
国連憲章の個別的自衛権のみ

 この点に関する日本国政府の立場は、「憲法9条の下において認められる自衛権の発動としての武力の行使については、いわゆる自衛権発動の3要件((1)わが国に対する急迫不正の侵害があること、(2)この場合に他に適当な手段のないこと及び(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと)に該当する場合に限られている」というものである(参照:防衛省『防衛白書』各年版)。

 この考え方は、少なくとも文言に限って言えばカロライン号事件以来の国際的規範に沿ったものである。しかしながら、何をもって急迫不正とするか、また、何をもって必要最小限度とするかといった点について国際的な合意がある訳でない。自衛権を巡る議論のなかには、いわゆる先制攻撃や武力攻撃にいたらない事態への対応を含めて自衛権を広くとらえる考え方から、現に武力攻撃を受けてからはじめて自衛権を行使すべきであるという極めて抑制的なものまで大きな幅がある。

 わが国の場合、1945年以前のアジアに自ら戦渦をもたらしたという苦い経験から、極めて抑制的な姿勢を貫いてきた。日本が自衛権を行使する場合は、自国に対する侵害がなされた場合のみである。すなわち、日本は自衛権を国連憲章にいう個別的自衛権に限っており、集団的自衛権の行使を認めていない。

 自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利に関しては、国際法上有してはいるが、この行使は憲法が認める最小限度の範囲を超すという考え方である。

「駆けつけ警護」できず
“平和国家”と言えるのか

 冷戦時代においては、この集団的自衛権に関する自制はひとつの見識であった。

 米ソ両国を頂点とする東西対立の図式にあって、米ソ間の戦争に巻き込まれるのを避け、また、米国がする戦争のお先棒を担ぐことを否定することによって、平和国家としての姿勢を貫くことができると考えられたからである。

 冷戦が終焉して久しい今、この自制によって平和国家としての姿勢を保つことができるのだろうか。いま、日本はそれを問うてみる必要がある。