政府は経済性を理由に再稼働を
訴えても国民の信頼は得られない

 原子力発電がエネルギー政策のなかに位置づけられるためには、国民の信頼回復が大前提となる。

 福島第一原子力発電所の事故の大きな原因は原子力発電の安全神話とコスト神話である。安全神話を払拭するためには、技術面では原子力規制委員会が政治、行政、経済界からの圧力から解放されなくてはならない。しかしながら、同委員会の運営については原子力発電関係者のみならず、メディアからも関連業界に同調するような批判が聞こえるのが現状だ。

 政策判断の面でも改革が必要だ。福島第一原子力発電所の事故の背景には技術集団の暴走があったと考えられる。長く続いた技術主導の政策運営を変えるためには、エネルギー政策のみならず、地域政策、産業政策、国際情勢、文化、国民性、等幅広い観点を踏まえた見識ある意見が原子力政策に反映されなくてはならない。

 具体的には、原子力発電から中立的な立場にあり、高い見識を持った複数の有識者が政府に提言できる政策構造が求められる。過去にも、公的な事業が国民や地域住民の信頼を失った際に、見識ある有識者や第三者機関が軸となって信頼を再構築したことがある。

 コスト面での位置づけを徹底することも重要だ。東日本大震災前に、「原子力発電については安全を全てに優先し、安全性に懸念が出た場合は躊躇することなく対策を講じる」という方針が徹底されていたならば、福島第一原子力発電所の事故は起こらなかった可能性がある。震災前に、東日本大震災の時と同規模の津波が過去に押し寄せた可能性がある、との指摘があったからだ。

 繰り返しになるが、原子力発電所は将来を見据えたエネルギー政策のために維持されるべきもので、経済性のために導入するものではない。原子力発電が既にコスト面での優位性を失っているにもかかわらず、「燃料調達のために3兆円余の国富が流出する」という発言が政策関係者からなされるようでは、国民の信頼を回復させることはできない。