199日間、ボート部で寝食をともにした研究の成果
1つ例を挙げます。例えば、経営学の領域で世界的な権威を誇る学術誌に、『Academy of Management Journal(アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル)』という学術誌があります(自然科学で言う『Nature(ネイチャー)』や『Science(サイエンス)』のイメージです)。
この学術誌に2013年に掲載されたある論文は、議論を呼びつつも、その研究手法やその研究対象の独自性から注目を集めました。
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その論文はなんと、著者の1人が199日間、フルタイムでケンブリッジ大学のボート部に所属して、トレーニングに参加し、寝起きをともにして、ときには酒を飲み、この「組織」の「経営」における重要なイベントのプロセスを調査したという作品でした。
そして、その内容を端的に、やや乱暴な表現でまとめると、
「クラブ活動でトラブったときに、どうやったらチームを立て直せるのだろう?」
という疑問に対する答えの可能性を、このうえないほど格調高く、厳格に、厳密に議論したうえで、その経営学全体への意味合いを主張した作品です。
誰もが経験したことがあるような事柄を何よりも深く探求することで、あらゆる組織の経営に関連してくる、根源的で、普遍的な要素を照らそうとしている論文とも言えるでしょう(写真の複雑怪奇な図表がその答えの可能性なのですが……詳細の説明は省きます)。
ケンブリッジ大学食堂の“食べ歩き”が学術論文に
もう1つ、同じくケンブリッジ大学に関連した論文をご紹介しましょう。この論文もかなりの議論を呼んだ作品ですが、先ほどと同じように『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』に2011年に掲載された論文でした。これも、経営学のイメージからはかけ離れていると感じられるような作品です。
ふたたび端的かつ乱暴にまとめれば、大学食堂の食べ歩きの記録です。著者自身が食堂で29回食事をして、さらに、食堂で食事をした経験がある57人にインタビューを行い、歴史と伝統のあるケンブリッジ大学の食堂で「ごはんを食べる」という行為を探求した論文でした。
「歴史ある伝統とか慣習って、どうして途絶えずに生き続けるのだろうか?」
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こうした単純ではあるが深い疑問に対して、これも極めて格調高く、厳密に厳格に議論を行い、イギリス階級社会が共有する伝統や慣習が、今も生き続けている理由の一端を示した作品です。
経営という行為は、人間の活動のあまりに根源的な要素を内包した活動です。従って観察対象をどのような行為に設定しようとも、見方と論の立て方によっては、経営学全体に意義深い、深みのある主張につなげていくことができるのです。