房総半島土地行脚
アクアラインを渡ってまず驚いたのは、房総半島に渡ってすぐだというのに、国道からほんの一本入っただけで、驚くほど豊かな田園風景が広がっているということでした。だらだらと住宅地の風景が続き、ようやく山際が緑深くなるという見慣れたシークエンスとはずいぶん違います。激しい宅地化が進んでいないことで、昔ながらの日本の田舎の風景や暮らしが残せているわけです。
ひょっとしたら房総は、都心からもっとも近くてもっとも深い田舎かもしれない……どこでもドアを開けるようにアクアラインでひらりと移動して、この自然の中で存分にこどもたちと過ごせるかもしれない!
その期待に応えるように、房総の土地探しではさらに多くの出会いがありました。さまざまな土地、それを仲介するさまざまな不動産屋さん。まあ、要するに、夢の房総にたどり着いてからも、土地行脚は長く続いたということです。そう甘くはありません。
どうしているかなあ、穏やかで粘り強くて楽しそうで、素敵な土地やありえない土地を次々、淡々と紹介してくれたメガネの担当者さん。有料道路の途中にある謎の斜面地や、橋の下の河原、見学者を威嚇するおばあさんが隣に住む土地、便器が積み上げられるトイレ工場と隣接する土地、まったく見晴らしのない窪地の竹林。
当時は「なぜこの土地を見せようと思ったんだ?」とわなわなすることもなくはなかったのですが、今では甘酸っぱい思い出です。彼の人の良さに魅せられ、ずいぶんたくさんの土地を見て回りました。ほぼ週末ごとに会うわけですし、付き合いが長くなってきますので、よし頑張って彼から土地を買ってあげよう! という気持ちにすらなりましたが、結局もうちょっとのところで叶いませんでした(でも彼相手には、ぎゅうぎゅうとした値下げ交渉などできなかった気がします)。
あと、ひげを蓄えて洒落たスーツを着たリッチマン風の不動産屋さんも忘れられません。「南房総での田舎暮らし物件取得を総合サポートします!」とサイト上で謳っていた彼は、わたしたちの希望をよく理解してくれて、「そんな暮らしが理想ですよね」と深くうなずきながら、実にレパートリーに富む物件を何件も丁寧に紹介してくれました。
といっても、紹介されたのはなぜか海辺の砂浜の土地や、真ん中が別の所有者というドーナツ状の雑種地や、東京湾観音のまさに参道沿いにある土地など、あまりにクセの強いものばかり。なぜこの一見不思議に見える土地をすすめるのかをとくとくと説明され、「なるほど、これもアリかな?」と一瞬その気になるのですが、やはり冷静になると「ナシだな」と思う。その繰り返しでした。
房総の物件、量はあるけれど質は正直、期待ほどではないな。ハートをがっちりつかまれる珠玉の物件というのはやっぱり、なかなかないものだな。再びそんな疲れを感じはじめたとき、夜中の物件検索(もちろん引き続き実行中)でひとつ、ひどく興味深い情報を入手したのでした。
「〈南房総の物件〉8700坪。農地部分2900坪。手入れ不要の古家あり。水道、ガス、電気あり。今どき稀少の良質物件」
なんだこれは、やたら広い。そして、そのまま住める家が付いている。でも”農地”とやらが付いている。たしか、農地は農家同士でないと売買できないはずだけれども、実際どんなものなのだろう? そして8700坪とは一体、どんな広さなのだろう?
農地が2900坪ということは、あとの5800坪は何なのだろう? そして価格は、夫がいつも高額買い物の例として引き合いに出す「フェラーリ」よりもぜんぜん安く、「ポルシェ」が買えるくらい(買えるのと買うのとは違いますけどね、土地なら検討しますけど、車は気軽に乗れる安い中古で十分!)。
そんなこんなで興味深いのですが、ネットの情報だけではいまひとつ分からない、このやたら広い土地。これこそが実は、わたしたちのたどり着いた運命の土地だったのでした。(最終回に続く)