この入試のパターンはこの40年間、ほとんど変わっていません。いずれにしても、正解が一つの問題を解かせます。今年の「政治経済」でも、経済財政諮問会議のメンバーの数を問う問題などが出題されています。

 実は早稲田大学の入試自体が詰め込み型であっても、東京大学や一橋大学と併願する受験生も多いので、早稲田大学には相対的に論述力、知識の運用力がある学生が多くいます。

 かわいそうなのは、早稲田大学を第1志望にしている私立文系専願の受験生。最近では、ある進学校でも高校1年の段階から文系コースに区分けして、数学や理科の枢要な部分を学ばずに、英語、国語、社会のマークシート型問題の解法に重点をおいた知識詰め込み勉強を、ひたすら強いられています。

 まさに苦行以外、何ものでもありません。30万人弱いる受験生の多数派が私立文系で、早稲田大学は毎年12万人が受験します。国立との併願であっても対策上、知識詰め込み偏重の勉強も、せざるを得ない状況を強いられているわけです。

早期の文理分けで
学力の剥落が起きる

 これ以外にも、私立文系の学生の学力には問題があります。

「分数のできない大学生」が話題になったことを覚えているでしょうか。日本数学会がかつて実態調査をしたことがあり、一部だけ公開しています。その全容については、私が独自の情報網で聞いたことがあるのですが(インテリジェンス風に言えばヒューミント経由での情報ですね)、中学3年生の学習指導要領に載っている問題を大学生に出したところ、記述型の数学入試をしている大学の学生は、9割を超える正答率でした。

 しかし、マークシート方式の学生は3割、数学を受験しなかった学生の正答率は1ケタだったようです。先に述べたように、早期の文理分けで偏った学び方をすることで学力の「剥落」が起きてしまったわけです。

 大学で長年いろいろな学生を見ていると、そのあたりのことは手に取るように分かります。私が主催する「すずかんゼミ」には、毎年、さまざまな大学生が参加してきますが、率直なところ、論述試験の勉強をしないで入学してきた学生で目立つのは本の読み方が検索型になっています。

 つまり、固有名詞などの情報を拾って何が掲載されているかは分かるが、文面の背景にあるキーメッセージやコンテクストを読み取れないのです。数学も出来ないので論理的思考力が鍛えられていない。すると論文を書いたり、ゼミで発表したりする際も、論理の飛躍が目立ってしまうわけです。

 政治家時代にたくさんの新聞記者から取材を受けましたが、政策課題の背景や制度の意義について散々説明しても「一言でわかりやすく言ってください」と言われることが多々ありました。

 そんな彼らと親しくなって、大学入試で論文試験や数学のあるところを本命で受験していたか? マークシート中心入試勉強ばかりしていなかったか? と聞いてみると、私の勘はあたって、マークシート型入試勉強に追われていた人こそ、もっとわかりやすく説明してくれという記者が多いのです(苦笑)。