声と旋律の魔法

「さくら」の旋律は本当に綺麗です。

 では何故、「さくら」を聴くとその旋律に魅了されるのでしょうか?

 その秘密の一端は、音楽の構造にあります。基本的に全ての音楽は和音を重ねることで旋律を変化させ、ハーモニーを生み出します。つまり、和声の進行を辿ると音楽のポイントが見えてくるのです。

「さくら」は嬰ト長調で書かれていますが、基本構造を分かり易く見るためにハ長調に置き換えます。

 基本的な和音の動きを支配するのは、最低音(ベース)です。ベース音の進行のシンプルな美しさこそ、音宇宙の美しさに直結しています。例えば、主旋律のサビ部分。“さくら、さくら、今、咲き誇る、刹那に散り行く運命と知って……”という部分ですが、ド→シ→ラ→ソ→ファ→ミ→レ という綺麗な下降音階となっています。そんな下降音階に和音が乗る場合は、長調であっても、どことなく哀愁と郷愁を感じさせる響きが生まれます。

 サビ部分こそが、楽曲の全体の印象を決めます。「さくら」が桜のように、明るい中にある種の儚さと希望と一抹の不安を含んだ旋律となっているのは、そんな和声の進行に理由があるのです。

 しかしです。音楽の構造が素晴らしいからといって、誰にでも、その美しい旋律を生み出せるのかといえば、それは全く別の問題です。和音の進行が提示するのは、あくまで音楽の基本的構造です。其処から旋律を生み出すのは、作曲家の才能です。あるいは、センス、閃き、技量、と呼んでもいいかもしれません。森山直太朗の優れた点は、まずメロディーメイカーであることです。

 更に、「さくら」を素晴らしい楽曲にしているもう一つの秘密は、森山直太朗の声です。どんなに美しい旋律も誰が歌うかによって印象は随分と変わるものです。「さくら」はカラオケの定番でもありますが、結局、森山直太朗が歌ってこそ「さくら」なのだと得心した人も多いでしょう。