理論物理学者は統計学を習わない?

北川 僕がハーバードで理論物理学をやっていたときについてた教授も、物理の話をするときに、理論全体ではなく必ず具体的な実験の話から入る人でした。

北川拓也(きたがわ・たくや)
1985年生まれ。灘中学校、灘高等学校を卒業後、現役でハーバード大学に合格。数学、物理学科を専攻し、ダブルメジャーで最優等の成績で卒業。その後ハーバードの大学院に進み、2013年、博士過程を修了。今までに15本以上の論文が科学雑誌(Science, Nature Communicationsなど)に取り上げられ、そのうちの3つの論文が編集長に特別重要とされる論文として指定された。世界中の物理学者と共同研究をし、これまで20以上の研究所や国際学会で招待講演をしている。現在、楽天株式会社執行役員としてビヘイビアインサイトストラテジー室室長を務める。

西内 へえ、理論物理学者なのに。

北川 そうなんですよ。理論物理学者って、それぞれの学者が自分なりの公式の説明の仕方をもっているんですよね。それをいろんな人とディスカッションするから、発見から理論構築までをストーリーとして何度も語ることになる。その経験を重ねることでストーリーテリングがうまくなると、新しい発見が生まれやすくなるんです。啓さんもこの本によって思いついたアイデアとかあるんじゃないですか?

西内ああ、たしかに執筆のおかげで思いついた研究のネタはいくつかあるよ。今はまだ発表できないけどね。そうそう、拓也は統計学を学校で習ったことあるの?

北川ないです。

西内きっぱり言うなあ(笑)。一応、物理学の実験でもP値くらいは必要でしょう。

北川 実験では必要なんですけど、僕の専門が理論物理だったので、そこは実験物理学の方におまかせだったんですよね。自分はもっぱら仮説をたてて、結果から理論を構築するだけでした。

西内 そうか、実験は実験専門の研究者がやってくれるんだ。物理はそこが分かれているからなあ。

北川しかも、僕の専攻していたのが「超低温物理学」といって、原子を冷却して、温度によるブレすらもなくし、物事を正確に測ることを研究する分野だったんですよね。だから、実験の正確な測定についてはプロ級のプロが集まってたんですよ。

西内 うわー、なるほど。

北川 実験結果も統計的な差分が出るというより、想定したグラフからずれてる値があったら、それには必ず別の要因が干渉してるってことだから、その理由を見つけにいくという考え方をしていました。統計的なブレっていうよりも、想定外の原因があると考える。

西内 生物学だとデータはもともとバラついているものだから、誤差が出るのは当たり前。誤差とお友達になって、それを踏まえてデータを解析していくけど、扱う対象が原子の振る舞いとかだと、数値がきれいなグラフを描くのが当たり前って感じなのかな。

北川 多少の誤差はありますが、概ねそうですね。もう一つの違いは、生物学の統計解析はデータから因果関係を類推するけど、物理学では最初にモデルをつくっちゃうんですよね。モデルを立てるということは、すでに因果関係があることを想定してるということ。自分が何かを変えることによって、結果が変わったという時系列で考えるんです。

西内そうだね。データのバラつきがなくて、この変数をいじったらこういう変化があるっていうのが百発百中で計算できたら、統計学はいらないのか。

北川物理学は成熟しすぎているのかもしれませんね。量子力学は確率論的な考え方をしますけど。

西内 量子確率論という量子状態における確率論は、いわゆる普通の確率論とは違う体系だしね。