──今後、ハイブリッド車や電気自動車が増えてくると、エンジン車の触媒需要は減少していくということは考えられませんか。
1997年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。博士(工学)。民間企業の研究員から2002年に科学技術振興事業団へ。独立行政法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)フェロー、内閣府政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当)付、内閣官房国家戦略室政策参与を経て、現在、JST科学技術イノベーション企画推進室参事役、JST・CRDSフェロー/エキスパート、文部科学省元素戦略プロジェクト・プログラムオフィサー。各種の政府委員等も務める。
中山 たしかにこれからは燃料電池車だ、電気自動車だといわれていますが、世界視野で見てみると、まだまだ本当に売れるのは、ふつうの排ガスを出すクルマですよ。インド、東南アジア、ブラジル、アフリカ。人口がこれから爆発的に増えていく地域では高級車や電気自動車はそれほど売れません。結局、ガソリンエンジン車です。だからロジウム触媒を積んだクルマこそ、これから爆発的に売れるんです。
北川 いま、金の産業利用はわずか10%なんです。好不況に関係なく、また市場も大きいので価格は安定しています。仮に、何かの拍子に金価格が上がっても産業的にはあまり痛手にならない。それよりも困っているのは、白金です。現在、4800円ぐらいまで来ていて、これ以上、上がるようなことがあれば本当に困るんです。そこで、白金より安いパラジウムへとシフトし始めていますが、パラジウムもジワジワと上がってきています。これ以上になると、自動車メーカーも触媒メーカーも困るような状況になっています。
繰り返しになりますが、それらの中でもロジウムは常に高くて、最高で1グラムあたり3万3000円まで行ったんです。
それならということで、混ざらないはずのルテニウムとパラジウムを混ぜて、真ん中のロジウムをつくってしまえと思ったわけです。もし混ぜることができたら、1グラムあたりルテニウムが200円、パラジウムが2600円の平均で1400円で、4000円近いロジウムができます。価格は約3分の1になる。
このミッションも、先ほどの草田君にお願いしました。なんといっても彼には2年半かかって人工パラジウムをつくりあげたという貴重な実績とノウハウがあるからです。彼は博士課程に進んでいましたが、それでも1年半かかりました。同じように思えるのですが、組合せによってみなノウハウが違うのです。草田君はこれらの成果で無事に学位を取得し、大手化学メーカーに就職しました。彼は極めて優秀で且つ人間力がありましたので、将来立派な教育者・研究者になると思ったので大学に残りなさいと強く説得を試みましたが、貧乏暇無しの私を見ていたのか、隣の芝が青く見えたのか(笑)、就職してしまいました。しかし、この4月から助教として大学に戻ってくることになり、彼こそが現代の錬金術師で、大いに期待しているところです。
消えた元素「テクネチウム」を甦らせる
中山 今後、貴金属ではなく、鉄や銅などの本当に安い元素を混ぜて、新しい機能を出してみようというお考えはありませんか。
北川 ご質問への直接の回答にはならないのですが、実はいま、テクネチウムという元素に目をつけています。シグマ・アルドリッチという世界最大の試薬会社があって、その会社のカタログ(金属元素)を見ていると、販売していない遷移金属元素が1つだけあることに気づきます。それがテクネチウムです。テクネチウムには安定な同位体が無く、全ての同位体が放射性同位体で、最も安定な同位体でさえ半減期は420万年です。地球ができて46億年ですから、もう地球上の自然界には存在せず、原子炉でしか得られないという代物です。
テクネチウム(原子番号43)の前後は、モリブデン(42)とルテニウム(44)です。この2つを半々で混ぜても混ざらないことになっています。けれども、もし、この2つを混ぜることができたら、これはもはや「代替」ではないですね。この地球上にテクネチウムは存在しないのですから、これこそ「0から1を生む」ことになるんです。
そこで「世界を驚かすテクネチウムをつくれ」と、学生にミッションを出したんです。そうしたら、その学生が「草田先輩のときには真ん中の元素が本当にありました。だから、できたものをホンモノの元素と比較できたと聞いています。けれどもテクネチウムは地球上にないのだから比較対照するものがありません。ということは、研究しても論文にならないのではないですか」と言うんですよ。いやいや、違うぞと。人類史上、誰もテクネチウムを見た人は無く性質も不明なのだから、きちんとつくってその性質を発表したら誰も反論のしようがない(笑)。
中山 そう言われたら、すごいモチベーションが上がりますね。
北川 だから「君の研究は、すべて論文として認められるんだぞ」と伝えました。