「レアメタル」と呼ばれ、日本を支える高度技術の要となる希少元素。その機能を、鉄やアルミなどのありふれた元素で置き換え、日本を資源大国へと変貌させる「元素戦略」が、産官学が連携したオールジャパン体制で進められている。科学と産業に革命的なインパクトを与える「元素戦略」の全体像を、その立役者とも言われる中山智弘氏(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー/エキスパート)に解説してもらった。
トップを走る戦略(1)
「計算」のエキスパートをかかえ、「第一原理計算」を駆使する
元素戦略では、研究としての価値も、その成果としても、世界のトップにならなければ意味がない、というきびしい面がある。そのために、プロジェクトリーダーも、研究者自身もさまざまな工夫を行なっている。「トップになるための手法」をいくつか紹介しておこう。
たとえば、プロジェクトリーダーを補助する形で、チーム内に「創製、解析、理論」という専門家を配置している。これは【拠点型】の中に、【電子論・材料創製・解析評価】という、異質な3グループがつくられたのと同趣旨である。
これはナノレベルでものをつくり上げる(創製)、つくったものがどうなっているかを見る(解析)、なぜそうなっているかを計算シミュレーションも含めて考え、場合によっては研究を先導する(理論)というスタイルでの研究であり、3部門の「エキスパートの融合」によって大きな成果をあげている。
その一例として、「計算」について考えてみよう。前回も「プロジェクトに『計算』のエキスパートを参加させる」と述べてきたが、元素戦略における「計算」とはどんなことをするのか、その重要性はどこにあるのか、わかりにくい。
この計算は「第一原理計算」と呼ばれるもので、その分野の専門家でないと、扱うことは難しい。主に原子軌道を計算・シミュレーションする手法である。
身の周りのさまざまな物質がどんな性質をもっているのか(物性)、それを調べていくにはミクロやナノの世界での検証が必要だ。しかし、その極小レベルで物質のふるまいを理解するためには実験だけでは難しく、どうしてもシミュレーションが重要であり、その計算手法の一つが「第一原理計算」である。「第一原理」という言葉そのものはさまざまな分野で使われており、「他の原理からは推定できない最重要(基本)原理」といった意味である。
「元素戦略」の設計概念では、たとえば磁石の場合、「摂氏300℃でも動く機能をもたせるためには、どういう元素をどの程度組み合わせ、それをどういう構造で配置すればよいか」と想定する。そこで元素の原子軌道を計算し、元素Aと元素Bを原子レベルでどう配置すればどうなるか──それをプロジェクトの研究者に代わって専門的に研究し、その結果を研究者にフィードバックする。そのようなシミュレーションが行なわれてはじめて設計指針ができるのである。本書で「計算」という場合は、この第一原理計算を指していると思っていい。
現在は、研究室の普通のパソコンであっても、100個ぐらいの原子の動きについては電子配置まで予測できる優秀なソフトウエアも出回っている。しかし、その個数が1万、10万になってくると、パソコンではとうてい追いつかない。また、実験の違いごとに、プログラムも変えていかなければならない。
さらに複数の材料を異なる割合で組み込んだときの配置(ナノレベル)まで予測するとなると、最終的には「京」(けい)のようなスーパーコンピュータを使って、プログラムも「京」(けい)に特化させてつくる作業が必要になる。これはもう理論ではなく、計算のエキスパートでないと、とても不可能である。
では、「計算部分だけを外注すればいいのか」というと、それではいい仕事にならない。「元素戦略」のプロジェクトに初めから参画してもらい、それぞれの研究者の研究開発用にチューンナップしていく必要がある。
つまり、最新の研究開発というのは、「実験についての計算システムの構築から計測まで」すべてを内部でやらなければならないのである。このため、「元素戦略」のすべてのプロジェクトの内側に、計算のエキスパートを抱え込んでいるのだ。