では、このように「個人として」「組織の一員として」が相容れない場合、科学者はどのように社会的責任を考え、果たすべきなのだろうか? 結局、どこかに正解があるわけではない。吉澤氏は、その社会がどのような社会であるのか・その問題がどのような文脈に置かれているのかを考慮し、しかしながら「誰も責任を取らない」という状況を発生させないようにも配慮しつつ、責任の在り方・倫理の在り方を考えていく必要性について述べた。

 2月14日には、坂本康昭氏(Stevens Institute of Technology)が「Improving Social Media for Disaster Response(災害に対応したソーシャルメディアの向上)」と題して、災害時にソーシャルメディアを通じて不確かな情報が拡散することの問題と対策の可能性に対する心理学的検討について講演した。東日本大震災直後、ツイッターなどを通して拡散したデマの数々が、「必要な情報を得たい」という人々の妨げとなったのを記憶している方も多いであろう。

 何が事実なのか・何が事実でないのかを確認することすら容易でない大災害の発災直後、どうすれば誤報の拡散を最小限にすることができ、その人が必要とする情報にたどりつくことを容易にすることができるのか。

 次の大震災は、明日、日本のどこかを襲うかもしれない。まさに、これから必要とされる研究である。

シンポジウムの内容は、
どのように決定されるのか

AAAS年次大会の会場では、土曜日・日曜日に「ファミリー・サイエンス・デイズ」が開催される。地域の家族連れを対照とした、科学を楽しむイベント。趣向を凝らした数多くのブースが並び、訪れる子どもたちと保護者に対し、さまざまな科学の楽しみを提供している。このブースでは、数学者が子どもたちに数学の楽しさを伝えている
Photo by Y.M.

 では、このAAAS年次大会のプログラムとなるシンポジウムは、どのように開催が決定されるのだろうか? 政治力だろうか? それとも、資金力を活かしたロビイングの結果だろうか? いずれも「まったくない」と言い切れるかどうかは、筆者には分からない。筆者が知っているのは、毎年、公募が行われ、一定のフェアネスのもとに審査が行われているという事実である。

 2015年2月にサンノゼで開催される年次大会のシンポジウムは、既に公募が始まっている。テーマは「Innovations, Information, and Imaging(イノベーション・情報・イメージング)」。応募されるシンポジウム案は、何らかの形で、このテーマに沿っている必要がある。

 応募者は、シンポジウム案のテーマ、講演者、各講演のタイトルや概要をまとめ、Web上で応募を行う。次回の締め切りは4月25日だ。シンポジウム案が採用となるかどうかは、秋ごろに判明する。応募者には結果が通知され、同時に次回プログラムの一部としてWeb上で公開される。

ジャパン・パビリオンでは、産総研が開発した癒しロボット「パロ」も展示されており、子どもたちに大好評であった
Photo by Y.M.

 シンポジウム案が採用されるかどうかに関して重要なのは、まずは内容である。さらに、講演者の多様性が重視される。どれほど実績やネームバリューが大きな講演者たちを集め、参加者の関心を惹きそうな内容を提案するのであっても、「講演者が全員、日本の大学や研究機関に所属する日本人」では採用されにくいのだ。

 シンポジウムで講演者となっている人々やオーガナイザーたちは、1年前から準備を行い、審査を通過した人々である。この年次大会のシンポジウムで講演者となることは、科学関係者にとっては非常な名誉と考えられている。

 なお、シンポジウムの講演者は、研究者に限られているわけではない。大学・研究機関に所属する人々が多いけれども、それ以外の人々に対して門戸が閉ざされているわけではない。

 日本は、国民の教育・教養のレベルが決して低くない国である。もちろん、市民団体・市井の科学団体の人々にも、シンポジウムで発表する機会は開かれている。「日本での自分たちの取り組みをここで発表したい」という関心を持ち、まず世界の仲間と連携し、数年計画で取り組めば、シンポジウムで発表できる可能性はゼロではない。むしろ、大いに現実化する可能性がある。