実証主義の事例研究は3つのケースで価値を持つ

 では、実証主義的な立ち位置にあり、社会科学としての経営学において高い価値を認められる定性研究(事例研究)とは、どのようなものなのでしょうか。

 実証研究として価値ある事例研究は、多くの場合、以下3つのいずれかに当てはまる事例を扱います。

  1. 既存の理論で説明しきれない要素を持つ事例を取り扱う
  2. 既存の理論をより細緻化、具体化できる事例を取り扱う
  3. 既存の理論の有効性を検証できる事例を取り扱う

 すなわち、社会科学としての経営学が培ってきた理論や理解に対して、なんらかの貢献、すなわち意味合いをもたらすことができるのかが、その価値を判断する第一に重要な要素となります。

 そして同時に、なぜ定量研究ではなく、定性研究(事例研究)である必要があるのかを、明確に、説得力を持って説明できる必要があります。たとえば、以下のようなケースがそれに当たります。

  •定量的に検証できるほど該当の事例が多くないため
  •定量的には検証しがたい、既存の理論を検証するため
  •定量研究では成し得ない、仮説構築や理論構築を目的とするため

 つまり、定量的な研究で統計的に検証ができるのであれば、それを用いたほうが、たとえば、一般化可能性をより高い精度で検証できると言えるでしょう。そのため、なぜ定量的な手法ではなく、定性研究(事例研究)が必要なのかについて、明確に説得力のある説明をする必要があるのです。

 さらに、質的な研究ではあるものの、できる限り科学的に、客観的に、再現性を検証できるようにデータを収集し、分析し、論文に書き表すことが必要です。それは、たとえば以下の様な手法を取ることが求められます。

  データ収集:関係当事者へのインタビュー、参与観察、雑誌・新聞記事などの異なった情報源を複数併用することで、取得する情報の偏り(バイアス)をできる限り最小限とする
  データ分析:ソフトウェアなどを使って系統的にデータを扱い、また共著者などと複数人でデータの理解と解釈を共有することで、できる限り客観的な操作を心がける
  データ表現:どのようにデータを取得し、分析し、解釈したのかがわかるように、十分な情報を記載し、できる限り第三者が再現可能な調査内容と手順とする

 言い換えれば、人間そのものや、人間の作り出した組織の社会的行動を扱うという複雑な作業でありながらも、可能な限り科学的な手法を用いることで、実証主義の原理原則に則したアプローチに近づける努力が必要とされるのです。

 つまり、定性研究(事例研究)であっても、社会科学としての経営学の積み重ねてきた理論の系譜に貢献するかどうかで、その事例の価値が評価されます。

 そのためには、定性研究(事例研究)を行うことの意義が、定量研究を行うことの代替案と比較したうえで、より高いことを説明する必要があります。そのうえで、できる限り科学的な方法論に基づいて、それを実施することが必要なのです。