厳しい中で揉まれることがメリット
シンガポールで開いた店は、とても繁盛していましたが、そのまま楽な道を進むことはしませんでした。さらに高い目標を掲げてフランスに戻る決心をした吉武シェフは、修業時代に出会ったパートナーと一緒に、2010年11月、レストラン ソラをオープンします。
パリでも勝負ができる、彼には自信がありました。理由のひとつは、シンガポールでやっていたレストランの評判がすごくよかったこと。もうひとつは、ラ・ロシェルでの修業時代の経験にありました。
「当時、坂井さんの店では、フランス帰りの先輩がバリバリ働いていて、すごく厳しかったんです。朝早くから夜遅くまで、休みもほとんどなくて。すると、いろいろなところで出会った料理人と一緒に働いていても、基礎の違いがわかるんです。ゆったりした中で育ってきた子って、いきなり早く動けと言われても動けない。何年も毎日のように怒られてきたから、ラ・ロシェル出身の新居剛さん(元オ・キャトルズ・フェブリエリヨン)や浜野雅文さん(同オ・キャトルズ・フェブリエサンタムール・ベルビュー/一つ星)や僕、みんなが結果を出せているんだと思います」
ラ・ロシェルで働いていたのは、「料理の鉄人」の放送が終わってすぐの時期。その頃は、テレビの影響もあって、店にはとくにモチベーションの高い人が集まっていました。
「休みの日にもみんなで農家に行ったり、他の店に研修に行ったり。意識の高い人たちが集まると、おのずと朝店に来る時間も早くなって。誰かが8時に来たら、それより早くとなって、どんどん競争をしてました」
若いときに厳しい中で揉まれることは、メリットになります。レベルが高い仲間と戦うことで、自分のレベルが自然と上がるのです。夜が遅い飲食の世界では、朝は遅いのが普通。そこで、みんながダラダラしていたら、きっと流されてしまう。でもみんなが朝早く来るとなれば、そうせざるをえないでしょう。
仲間のモチベーションが高いということは、つまりいい意味での「ピアプレッシャー」があるということです。そのおかげで身についた料理の基礎は、フランスでやってきた日本人はもちろん、フランス人と比べてもずば抜けたものでした。
「フランスは週5日労働が原則。しかも、休憩時間にはみんな一度帰って、短い時間で集中して働くというのが基本です。あと、やっぱり仕事は仕事、プライベートはプライベートで分けますよね。でも日本人には、仕事もプライベートもすべて仕事に費やすような人たちが多い。週に1日多く働いてるっていうことは、年間で何十日、それを10年やれば、1年分ぐらい違います。正直、全然負ける気がしませんでしたし、もし負けたら、今までやってきたことがすべて否定されてしまうというか」
フランスでの修業時代もまた、アストランスという、高いレベルの中で揉まれたことがよかったのでしょう。ここまで自信にあふれた吉武シェフをして「あそこのフランス人はちょっとおかしい」と言わしめるくらいモチベーションの高い人材が集まっていたのです。
「ちゃんと休んではいますけど、仕事のときの集中力は圧倒されるぐらいすごいんです。しかも、休憩中もランニングに行ったりしていましたから、ありえないですよ(笑)」