

例えばHomeKitは米国を中心としたホームセキュリティや冷暖房器具のメーカーが対応を表明しており、アプリの開発者はこれらを制御させたり、連携させることができるアプリを作ることができるようになっていくだろう。すると、我々ユーザーはiPhoneをリモコンとして、身の回りの電化製品を操ったり、在宅・不在、あるいは家の中の場所に応じて自動的に最適な環境を作ってくれるようになるだろう。
その姿はまさに、気配程度の存在感で我々の生活を豊かにしてくれるデジタルな日常、パターン2に当てはまる。ただ、気づかぬうちに、というほどひっそりとではなく、ユーザーはこれらを「アプリ」という形で生活に取り入れることになるだろう。
アプリは1つの機能を実現してくれるプログラムの単位として、iPhone登場以降流通してきた。今までは画面の中で実現する機能を、ユーザーはスマートフォンやタブレットを介して利用してきた。しかし身の回りの者と連携する仕組みを備え始めると、インタラクションの相手はスマートフォンの画面の中ではなくなっていく。
それでもユーザーは、今までと同じように、アプリとして、新しい日常を手に入れられるようになる。スマートフォンの操作に慣れ親しんでいることはもちろん前提となってしまうが、スマートフォンさえ使えれば、アプリとして提供されていく最新のテクノロジーを使いこなせることと同義だ。
つまり、何か新しいことを考えたり、人々に伝えていこうとする際、「アプリ」という方法論や表現方法が非常に重要になったことを改めて痛感させられる。スマートフォンのアプリの制約や可能性、スマートフォンとそれ以外のものを連携させる手段を知るには、開発者でなくても、アップルやグーグルが公開する開発キットを精査しなければならない。
もちろん、アップルやグーグルのプラットホームの外でパターン1のイノベーションを狙い続けることは大切だ。しかし当面は、開発者でなくてもコードやAPIを理解し、人々に直接アプリを届けるイメージでデジタルな日常を作っていくことが早道なのだ。