テイスティングの知識とコンサルティングの基本
「君はどちらのワインが好みかね?」
「最初のワインは、どろどろしていてあまり好きではありません。たぶん安いワインだと思います。二番目に飲んだワインは、正直言って衝撃的でした。こんな飲み物があるなんて信じられません」
安曇はウンウンと何度も頷きながら、ヒカリのコメントに耳を傾けた。
「いい感想だ。最初のワインはシャトー・ラトゥール。いわゆるボルドーの5大シャートーの一つで、世界最高の赤ワインだ。ちなみに君が『まずい』と言ったこのワインは2005年に造られたもので値段は9万円。それから、君が気に入った二番目のワインは、ブルゴーニュを代表するというより、世界最高の赤ワイン、グラン・エシェゾー1997年。値段は10万円だ」
ヒカリはガックリと肩を落とした。どちらも世界最高のワインなのにまったくその価値がわからなかった。
しかも、シャトー・ラトゥールに至っては「安いワイン」と口走ってしまった。
「最初はそれでいいんだよ」安曇はワインを飲みながら言った。
「鑑定の手法を身につければ、少なくともがぶ飲みワインに大金を払うことはなくなる。ブショネを掴まされることもない」
「ブショネですか?」ヒカリは初めて聞く言葉だった。
「ワインの中身が細菌に侵されて劣化した状態だ。飲めたものではない」
なかなか終わらないワインの講釈に、ヒカリはしびれを切らした。
「先生、コンサルティングのレクチャーはまだでしょうか」
「まあまあ、先を急がない。テイスティングの知識こそが、コンサルティングの基本中の基本なんだからね」
安曇はラトゥールを味わいながら答えた。
「君が何も準備せずに会社に乗り込んで、『決算書について質問したい』と聞いたところで、会社の人は何も教えてくれないだろう。あえて問題点を隠しているかも知れないし、彼ら自身が会社の実態を掴めていないのかも知れない。それに、君たちコンサルタントはいわば部外者だ。会社に10年、20年と働いている人のほうが、会社のことはずっとよく知っている。そのうえで、効率よく仕事を進めて的確に会社の実態を掴み、成果を上げなくてはならない。だからこそコンサルティングにもテイスティングと同じように『鑑定の作法』をマスターする必要があるんだ」
なるほどな、とヒカリは思った。
※5大シャートー……1855年のパリ万国博覧会の際に、ナポレオン3世の命によりボルドー市商工会議所によって制定された。1級から5級まで5階級に61シャトーが格付けされている。このうち第一級の称号を与えられた5つのシャトーのこと。
(つづく)
※本連載は(月)(水)(金)に掲載いたします。
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