明治時代、日本人は魚を食べていなかった!?
マグロ消費を伸ばした醤油の存在

 漁業問題はとりあえず横に置いておいて、日本人と魚との関わり、食文化に目をむけてみよう。

 意外かもしれないが昔の日本人はそれほど魚を食べてこなかった。明治時代末期(1910年)の一人あたりの年間消費量はわずか3.7キロで現在の10分の1程度だった。魚を食べていたのはあくまで都市部や沿岸の一部の話。保存技術も流通も発達していない時代、滅多に食べられない貴重品だった。

 日本人が魚を多く食べるようになったのは戦後になってからで、いわゆる「魚食」が普及したのは1950年代からだ。これは冷蔵庫の普及が大きく関係している。冷蔵庫が普及したことで沿岸部以外の場所でも日常的に魚が食べられるようになった。

 一般的にはマグロは江戸時代から食べはじめられたと言われているが、江戸都市部の限定的な話で、日本中で食べられていたわけではない。マグロの消費が増えはじめたことの理由として考えられるのは醤油の普及である。醤油は赤身の魚の生臭さを消し、また漬けることにより保存性も高まった。

 この頃、好まれていたのはもっぱら赤身。

「ねこまたぎと言われて猫も食べないなんて言われていたんだ。トロは捨ててたらしいよ」

 というのは寿司屋でおじさんがかなりの高確率で披露する薀蓄である。もっとも明治を舞台にした志賀直哉の『小僧の神様』には「鮪の脂身が食べられる頃だね」というくだりがある。マグロのトロを食べたいのだけれど「でも最近は高くなってしまって……」と登場人物が残念そうに言う。落語の『目黒のサンマ』や『ネギマの殿様』の例を引くまでもなく、脂を美味しいと思うのは人間の本能だから、下品だといいながら喜んで食べてはいたのかもしれないと思う。

戦後、世界中のマグロが築地に集合!
マスコミが“江戸の文化”を全国区に

 さて、時代は下り、漁の技術も進歩していく。江戸時代に生まれたマグロ漁だが、昭和初期には大きく発展する。アメリカ向けのツナ缶の輸出が好調だったからだ。芸術家で美食家としても知られる北大路魯山人は「鮪を食う話」という随筆のなかで「米国では鬢長まぐろのサンドイッチを発明してこれが流行した」と書いている。