『小泉純一郎の暴論・青論』(集英社)では、「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」という細川ガラシアの辞世の歌を挙げ、引き際の大切さを表したこの歌に倣って、いつ引くことになってもいいよう、思い残すことなく仕事をしたい、と言っている。

 これは小泉が首相になる前の覚悟だった。いま、細川護煕と共に脱原発を主張している小泉を見ると、ある因縁を感ぜざるを得ないが、小泉はあまり人を見る眼はないのだろう。後継者に選んだ安倍晋三や竹中平蔵を思えば、それは明らかである。

「人の面倒を見るには金がかかる。金集めと票集めは嫌いなんだ。その代わり、できる範囲で相談には乗る。人に縛られるのも、人を縛るのも嫌いなんだ」

 口癖にこう言っていた小泉は、また、「ある程度、あいまいな部分を残しておくことの重要性は分かっている。しかし、ごまかしは嫌いだ。全部の人が賛成することなんてあるはずがない。みんなの顔色をうかがっていたら、自分がなくなってしまう。自分をなくしてまで政治家をやる必要があるのか」と言っている。

 よかれ悪しかれ、その発言と行動が一致している数少ない政治家だった。