物価の上昇が相次ぐロシアで、なんとトヨタ自動車はこの3月末、ある車種の値下げに踏み切った。2007年末から現地工場でも生産を始めた「カムリ」である。

 現地生産車であれば、価格を下げるのはある意味当然。しかし、同型のカムリは引き続き輸入も続けており、その輸入車の価格も現地生産車と同額にまで下げたのだ。値下げ幅は9%。輸入車には現在25%の関税がかけられているにもかかわらず、である。

 ロシアでは外国新車の価格が全般的に上昇傾向だ。現地報道によると、昨年夏から今年にかけて最大8%近く上がっている。日本車も例外ではない。三菱自動車は「ランサー」などの現行車で一部のグレードに限り、販売店への卸売価格を2%前後引き上げている。またマツダも今年4月からメーカー希望小売価格を上げた。

 原材料価格の高騰、北米市場の冷え込みなどで苦境に立たされる日本車メーカーにとって、資源景気にわくロシアは、唯一値上げが通用する、頼みの綱であるはずだ。そんな状況のなか、トヨタはなぜカムリを値下げしたのか。

 その答えは「ロシア人のロシア車嫌い」という風潮にある。

 日本車がロシアで人気なのは、ロシア人が国産車に持つ強い不信感の表れでもある。彼らに対し、現地生産車は輸入車と同品質であるとのアピールが必要だ。現地生産であるがゆえに安くできたのに、安いのは輸入車より品質も低いからだと誤解されかねない。

 本来は、現地生産が始まれば輸入車の販売は終了すべきところ。だが実際は、工場の操業と同時にフル生産するのは難しく、輸入車も投入せざるをえない。このとき、輸入車の価格が高いままだと、前述のような誤解により市場は混乱する。今回の措置は「現地生産のカムリの品質に対するトヨタの自信の表れ」と、ロシアNIS経済研究所の坂口泉次長は解説する。

 しかし、トヨタにしてみれば誤算といえる状況も発生している。現地工場の出足が悪いのだ。工場の年間生産能力は2万台としていながら、3月末の生産実績はわずか220台。2008年は現地生産車と輸入車、合わせて3万台を販売する予定だが、このペースではほぼ輸入車となりそうだ。

 また、トヨタの思いとは裏腹に、依然として「ロシア車嫌い」は根強い。ロシアのある自動車サイトでは“日本製カムリ”と“ロシア製カムリ”の見分け方が写真入りで解説されている。

 ロシアが有望市場であるのは疑いない事実である。先日仏プジョー・シトロエンと合弁で工場建設を発表した三菱自動車をはじめ、日産自動車やスズキもトヨタに追随し、現地生産を開始する予定だ。だが、トヨタの思いがけない苦戦は、ロシア市場の一筋縄ではいかない難しさを示している。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 柳澤里佳)