「ウルフパック(群狼)戦術」の語源は、第二次世界大戦時のドイツ軍作戦に遡る。ナチスの誇る潜水艦Uボートは偵察機から送られてきた情報から敵軍の進行方向を的確に予測、複数艦で待ち伏せし、ことごとく轟沈させた。暗闇から突然現れ、同じ獲物に向かって不意打ちで襲い掛かる狼の群れのごとく――。
前々回のコラムでは、株主とは本来、「企業価値を高め経済的利益を得るべき立場」と「議決権を行使する立場」を併せ持っている存在であること、だが、金融技術の革新と証券市場の発展によって、一人の株主においてこの二つの立場が完全に分離してしまうケースが増加していることを述べた。この現象を、「エクイティ・デカップリッグ」といい、ヘッジファンドの主要投資戦略の一つであることが、さまざまな問題を引き起こしている。
前回は、現在、欧米で進行している「エクイティ・デカップリング」は高度な金融技術、デリバテイブ取引を組み合わせた複雑なものであり、その一つである「エンプティ・ボーテイング(empty voting)」と呼ばれる手法を解説した。エンプテイ=空、つまり「経済的利益を伴わない議決権の行使」という意味である。ひと言で言えば、デリバテイブを使って株価の変動リスクをヘッジし、「企業価値を高め経済的利益を得るべき立場」を「議決権を行使する立場」とは切り離した上で、存分に議決権を行使する。つまり、株価を下げる、企業価値を既存する――本来ありえない目的で、議決権を使うのである。
今回は、「トータル・リターン・スワップ」というデリバテイブを活用した「ウルフパック(群狼)」と呼ばれる奇襲戦術を取り上げよう。
各国には大量保有報告制度上の開示義務(日本の5%ルール)が設けられている。ウルフパック戦術は、デリバテイブを駆使してあたかも議決権を保有していないかのような外形を装い、この大量保有報告義務をかいくぐる。そして、狙い時を定め、突如として大株主として登場、対象企業を恐怖に陥れるのである。
具体的に説明しよう。
A社に狙いを定めたヘッジファンドは、投資銀行と「トータル・リターン・スワップ」契約を結ぶ。その契約内容は、①投資銀行は、ヘッジファンドが必要とするだけA社株式を購入する。②株価が上昇した場合は、その利益分を投資銀行がヘッジファンドに支払う。③株価が下落した場合は、損失分をヘッジファンドから投資銀行に支払う。④株式管理などにコストがかかるので、ヘッジファンドは投資銀行にフィーを支払う、というものだ。スワップ契約の対象が配当などを含む総合利益だから「トータル・リターン」である。