かけた情けは水に流す

 また、「返報性の原理」が働かない相手に対する、ネガティブな感情にも注意したほうがいいでしょう。世の中には「恩を返さない人」がいるものです。そして、そのような相手に対して、ネガティブな感情を抱くのは人情として当然のことです。

 しかし、その感情を表現することは禁物です。

 かつて、こんなことがありました。
 マネジャー同士で飲みにいったときのことです。酒が進むうちに、ひとりのマネジャーが部下のことを愚痴り始めました。他部署から低評価で回ってきた部下の面倒をみて、なんとか主任に昇格させることができたのですが、「よかったな、がんばれよ」と声をかけると、感謝するどころかこう言い放ったのです。

「別によくないですよ。同期はとっくに主任になってるんですから……」

 自分の身の程も知らず口を尖らせる部下を、思わず怒鳴りつけたくなったそうです。その場では、なんとか思いとどまったのですが、それを酒の場で吐き出しているわけです。

 もちろん、その気持ちはわかります。しかし、そんな話を聞かされるこちらは面白くはありません。それどころか、「器の小さい奴だな」と人物評価を下げるだけです。彼以外のメンバーで目配せをして、苦笑したものです。

 長野県上田市の前山寺に、石に刻まれた有名な言葉があります。

 かけた情けは水に流せ。
 受けた恩は石に刻め。

 これは、ビジネスマンにもきわめて有効な格言です。
「返報性の原理」を意識して、他者に「価値あるもの」を提供するのは重要な戦略ですが、それが同時に、「恩知らず」に対するネガティブな感情を生み出す要因にもなってしまうというパラドックスがあります。このパラドックスから抜け出すためには、「かけた情けは水に流す」ことを、常に自分に言い聞かせることです。そして、受けた恩は石に刻む。これが、「返報性の原理」を最大限に活かすコツなのです。