従業員をやる気にさせるための評価システムを作ったはずなのに、かえってモチベーションが下がってしまったこと、ありませんか?
「現実的な数値目標をもとに評価することにしたら、かえって不正が増えた」
「評価をオープンにしたら、みなトップの足を引っ張りだした……」
『失敗は「そこ」からはじまる』でこの疑問に答えた、研究者にしてコンサルタントが、トム・ハンクスの「悲劇」とフェイスブックの「恐るべき仕組み」から、どうすれば公正な制度を作れるのか、解き明かします。
トム・ハンクスの悲劇
――なぜ彼は3度目のオスカーを獲得できなかったのか?
私たちは誰かと比べて自分が見劣りするとき、苦痛を感じることがままある。そして自尊心を傷つけられ、それをバネに発奮する場合もあるが、その苦痛が別の結果や感情につながる可能性もある。それを説明するには、あるハリウッドのエピソードが打ってつけだ。
ご存知かもしれないが、トム・ハンクスは『フィラデルフィア』と『フォレスト・ガンプ/一期一会』で1993年、1994年と続けざまにアカデミー賞主演男優賞を獲得した。批評家の多くは、ハンクスがその後の何本かの作品、たとえば『アポロ13』『プライベート・ライアン』『キャスト・アウェイ』でも同じように優れた演技をしていると評した。だが、アカデミー賞の発表を毎年見ていればわかるだろうが、こうした映画でハンクスは1つもオスカーを取れなかった。どの映画でも、受賞できるだけの票を俳優仲間たちから集められなかった。ハンクスが受賞して当然なのにそれを逃したのは、意図的に冷遇されたせいだと受け止める人が多かった。
この話は、ペンシルヴェニア大学の教授、ケイティ・ミルクマンとモーリス・シュヴァイツァーという2人の研究者の目に留まった。もしハンクスがまたオスカーをもらったらきっと妬みを感じるだろうから、仲間たちは3度目の推薦をやめたのかもしれない、と2人は推論した。
この仮説を試そうと、ミルクマンとシュヴァイツァーはイギリスにある大手メーカーでフィールド実験を行った。300人を超える従業員がメールでメッセージを受け取る。それは従業員向けの新しい評価プログラムについてのもので、褒賞を与えるために同僚を1人推薦する手順が書かれていた。このプログラムを作ったのはミルクマンとシュヴァイツァーで、会社側もその使用に同意した。参加した従業員たちには、それが実験だということは伏せてあった。受賞者たちは賞品(たとえば盾や商品券)をもらい、社内で表彰される。受賞者は四半期ごとに発表される。
プログラムについて従業員に知らせるメッセージは2種類あった。参加者の半数は対照群で、彼らには賞を受け取っている従業員の写真と、選出の経緯が書かれたメールが人事部長から送られる。残る半数は「社会的比較」条件に割り振られ、彼らにも同じメールが送られるが、それには短い文が2つ添えられていた。1つ目は、「あなたがいっしょに仕事をしている人ですか?」という文で、受賞者の写真のすぐ下に、2つ目は、「仲間が受賞したらどう思いますか?」という文で、最初の文の下に配されていた。
ミルクマンとシュヴァイツァーは仮説を立てた。仲間が受賞している姿を思い浮かべると嫉妬心が起こり、その結果、この筋書きを思い浮かべるように導かれた従業員が仲間を推薦する可能性はかなり低くなるだろうというものだ。その後7ヵ月にわたって、この会社は実験に参加した従業員の推薦状況をすべて記録した。するとミルクマンとシュヴァイツァーの予測どおり、対照条件の従業員は、「社会的比較」条件の従業員のほぼ3倍の数の仲間を推薦した。