酒井喜一郎は作詞家・島村葉二

 プロデューサーは公演全体の責任者だが、表に出ることはない。裏方である。読者がプロデューサーの存在を意識することはほとんどないだろう。

 ところが、酒井喜一郎が書いた「詞」をほとんどの日本人は知っている。彼は作詞家でもある。ペンネームは「島村葉二」。じつはポップスでも重要な足跡を残している。作詞、訳詞は東宝へ入社した25歳ごろに始めた。

 JASRAC(日本音楽著作権協会)に登録されている「島村葉二」の作詞訳詞作品は96、酒井喜一郎名義による作品が4、合計でちょうど100だ。ビートルズなどの訳詞が多い。オリジナルの作詞はこのうち15ある。

 訳詞でもっとも有名なのは「星に願いを」(When You Wish Upon A Star)だ。ディズニーのアニメ映画「ピノキオ」(1940)の主題歌である。この歌はだれでも聴いたことがあるはずだ。酒井の代表作である。著作権使用料が年間で多かった作品に与えられる「JASRAC賞」で、「星に願いを」は1991年、93年、96年、98年、99年と計5回も「外国作品賞」を受賞している。原詩はやや長いが、酒井は子どもでもわかる簡単で美しい日本語に置き換えている。

 オリジナルのポップスでは弘田三枝子の「バラの革命」(島村葉二作詞、いずみたく作曲、日本コロムビア)が酒井の作品だ。1971年3月にシングル盤で発売され、この年の紅白歌合戦で「バラの革命」を歌っている。B面の楽曲は「失われた月光」で、なんと岩谷時子作詞、いずみたく作曲である。

 弘田三枝子は1961年に14歳でデビューし、洋楽ポップスやスイングジャズのカバーで知られていたが、69年に「人形の家」でバラードに転じ、おとなの女性歌手として復活していた。「バラの革命」はバラードというよりポップな曲想だが、詞は「血」や「炎」で赤色を表象する審美的な作品で、当時の弘田三枝子の路線を強調している。

 2015年、酒井喜一郎は4月に大阪の新歌舞伎座で「細雪」、6月には明治座で「台所太平記」のプロデューサーをつとめる。7-8月は東宝ミュージカル「南太平洋」で全国を巡演する。

「南太平洋」はリチャード・ロジャーズ、オスカー・ハマースタイン2世によるブロードウェイのミュージカルで、1949年に初演された名作だ。日本では1966年に東宝が初演している。訳詞は「王様と私」、「ミス・サイゴン」などと同様、岩谷時子だ。2015年版に出演するのは藤原紀香、別所哲也、太川陽介、渡辺大輔などである。

 筆者は2012年6月13日に東宝で初めて酒井に会った。それから3年間、何度も会って話を聞いてきた。多彩な歌唱法を身に着け、歴史的にも稀有な存在となった歌手・本田美奈子を最初に造形したのは酒井だったと思う。長い連載の最後に酒井喜一郎プロデューサーを詳しく紹介したのはそのためである。

 本田美奈子と酒井喜一郎の接点で重要なポイントは4つ。

(1)本田美奈子に初めて会った瞬間、「ミス・サイゴン」のキムに見え、すぐにオーディションを受けるように説得したこと。

(2)「屋根の上のヴァイオリン弾き」ではセリフを口伝えで教え込んだこと。

(3)「王様と私」で未経験のハイトーンへ挑戦させたこと。クラシックを日本語で歌うように勧めたこと。

(4)最後の「十二夜」では、全幕でもっとも美しい曲を美奈子に書いてくれ、と作曲家に頼んだこと。「十二夜」のソロ曲「ララバイ」は、日本コロムビアのプロデューサー岡野博行が入院直前の2004年12月末にスタジオで録音した最後の曲でもある。

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 長期間にわたって読んでいただいた読者のみなさま、ありがとうございました。なお、多くの参考文献と資料を参照しましたが、これらはまとめて電子書籍に掲載します。以下の参考文献は今回に関するものです。また、「酒井喜一郎製作作品一覧」の作成にあたっては、東宝演劇部のみなさまの協力をえました。記して感謝いたします。(了)