エビデンスを政策に取り入れてもらうための2つの方法
中室 私はデータに基づく科学的根拠をどのように政策に活かすのかという観点から、さまざまな官庁で研究報告をする機会をいただいています。自分の発表した論文から得られたエビデンスや含意をどのようにして実際の政策に落とし込むかを説明する必要がありますが、これは本当に難しいことです。
がん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かしたデータ分析ツールの開発とコンサルティングに従事する。 著書に『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。
西内 学者の提言と、官僚のような実務担当者による政策作成との間をどう埋めるか、両者をどうつなげるかが問題ということですね。
中室 私もかつて、日本銀行に勤めていたことがあるので、実務担当者の立場を多少なりとも理解できます。研究者は、結論を頑健にするために細かな手続きを大切にするのに対して、実務担当者は、エビデンスが示す政策の方向性だけでなく、世論や政治家の言動、過去の政策との整合性までも気にしなければなりません。研究が示す政策提言を、実際の政策に落とし込んでいくには、研究者と実務担当者の間に距離がありすぎるようにも感じます。西内さんの2冊目、『統計学が最強の学問である[実践編]』の冒頭にも書いてあったように、これまでの統計学の教科書はそこを埋める役割を果たしてこなかったんだろうな、と実感しています。
西内 私も以前、厚生労働省の政策調査の分析に携わった経験があるんですよ。20代の若さで大きな分析に関われるのは、自分にとっても大きなチャンスです。だから、「よっしゃ、やったろ!」と気合いを入れて、世界中のエビデンスをレビューして、最先端の分析手法も持ち込んで非常に完成度の高いレポートを仕上げたつもりだった。……でも、使われない(笑)。
中室 そうですよねえ(笑)。どうしたら研究から得られる知見をもっと政策に活用できるようになるのでしょうか。
西内 2つあると思います。1つは、政治的なロビー活動をして頑張るという方向。ただ、こちらは全く私には向いていません(笑)。そこで、もう1つの手、「外堀から攻める」が鍵になると思いました。つまり、「日本人全体の統計リテラシーを高めていく」方法こそ、結局は早道なんです。
中室 本当にそうですね。先ほどの少人数学級に関する議論でも、統計リテラシーは根本的な問題のように感じました。
西内 中央省庁の偉い人達ならこれぐらいの分析結果わかるだろう、と当時の自分は思ってたんですよ。ところが、実際には国の重要な政策を決めるための多くのレポートが単なる円グラフと棒グラフの集計だけでできていたりする。そしてそうしたデータよりも誰がどう言ってるから、というような「人間関係」のほうが政策決定の場で重要視されているような印象を受けました。
中室 うーん、それは憂慮すべきことですね。「教育における政策決定に科学的根拠が重要である」という考え方はこれまで決して一般的ではありませんでした。しかし、一方でこうした考えが最近、急速に普及している背景には、日本の財政状況の悪化があります。
西内 ええ。
中室 高速道路をつくるにも、新しい病院をつくるにも、教員を雇うにも、何をするにもお金は必要です。しかし、無い袖は振れない。先ほど議論した「経済にはトレードオフがある」ということとも関連しますが、希少なお金や資源をどのように配分するかということについて神経質にならざるを得ないのです。何にどれだけお金を使えば、どれほどの効果が得られて、他の選択肢と比較してどうなのか。教育機関でも、事業でいうところのKPI(重要業績評価指標)を意識するようになってきています。
西内 医療の世界でも同じです。今まではみんな「いいこと」を言いながら、「それを実施するのにいくらかかるの?」ということを考えていなかった。けれど、経済成長が滞ったり高齢化が進んだり、という社会の変化で、最近はそれぞれの治療方法や施策がどの程度「いいこと」で、それに「いくら」かかるのか、ベネフィットとコストそれぞれを数字に落とし込んでいかないと、議論が成立しなくなってきている。それはすごく感じますね。