35万部を突破したベストセラー『統計学が最強の学問である』の続編、『統計学が最強の学問である[実践編]』の出版を記念し、著者・西内啓氏をホストに統計学をめぐるシリーズ対談の連載を開始します。
前統計学会会長の竹村彰通先生を迎えた対談の第2回では、日本の統計学の特徴や実力などについての厳しい現状を教えていただきました。(構成:畑中隆)

統計学部がないことのデメリットとは

――竹村先生はスタンフォード大学の統計学科に在籍されていましたが、アメリカと日本では、統計学の教え方に違いはありますか?

竹村彰通(たけむら・あきみち) 1976年東京大学経済学部経済学科卒業。1982年に米国スタンフォード大学統計学科 Ph.D. 米国スタンフォード大学統計学科客員助教授、米国パーデュー大学統計学科客員助教授を経て、1984年東京大学経済学部助教授に就任。 1997年より東京大学大学院経済学研究科教授、2001年より東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻教授。2011年1月〜2013年6月には日本統計学会会長を務めた。 主な著書に『多変量推測統計の基礎」』『統計 共立講座21世紀の数学(14 』(ともに共立出版)がある。

竹村 アメリカの主な大学には統計学部や統計学科があって、そこから各学部に出張講義をするスタイルです。サービス的な出張講義なので、出張先の学部向けに手直しした講義をするケースもありますが、それでも共通部分の授業が多いと思います。その意味では、学部ごとに統計の内容が変わるわけではありません。
 日本の場合、少し事情が違います。日本には統計学部や統計学科が存在せず、統計の先生は経済学部や工学部、心理学などに分かれて所属していますので、どちらかというと、所属学部・所属学科で教える内容にアレンジした統計学を教える傾向があります。その分、統計学としての一般性に欠ける面もあります。

西内 たしかにそうですね。統計学の原則論としては知っておくべき統計手法だけれど、その分野では全然使わないので教えないということもあります。また、それぞれの分野で独自の使われ方といった進化を遂げている手法もあります。

竹村 はい。日本の統計学は応用志向が強いので、工学、経済学、心理学、といったようにそれぞれの分野で個別に貢献してきました。その意味では「学部がない」ことのメリットも、一部にはあったといえるかもしれません。しかし、我々からすると、もう少し幅広く統計学を扱っておいたほうが後で応用が効くのではないか、という面もあります。
 加えて、とくに最近、日本に統計学部がないことのデメリットが際立ってきています。韓国、中国などはアメリカ式の統計学をどんどん輸入し、その素養を持った人材を産業界に大量に供給しはじめているのに対し、日本ではかなり遅れを取っているのではないか、という危惧です。

西内 人数は別としても、何にでも使えるジェネラルな統計学をガッチリ勉強する人と、経済学や工学の専門知識を生かすために統計学を応用的に勉強する人。その両方を縦・横に配置していくほうがいいのかもしれません。そうすると、統計学部がないのは、他国に対し大きなハンデですね。
 もう一つ、個人的な感想を言うと、統計学部が日本にないことで高校生が「統計学部に入りたい」というような気持ちにならない、という点も挙げられる気がします。彼らにとって、学部名は将来何の学問を勉強したいかという情報源として重要なんじゃないでしょうか。

竹村 もちろん、私も所属する統計学会の人たちは、統計学部をつくりたいとずっと願っています。ただ、現在は少子化で学生の人数が減り、大学にかけられる予算も減ってきているときですから、新たに統計学部をつくるのはむずかしい。なぜなら、スクラップ&ビルドで既存の学部を1つ潰さないといけませんから。すると、大学の先生も自分の席は減らされたくないから、総論賛成、各論反対です。多くの大学関係者は統計学部があったほうがいいと賛成してくれますが、実際には学部どころか、学科レベルでさえつくれていないのが現状です。
 ただ、そうした状況は昔も同じで、戦前のイギリス流の統計学に対し、戦後の新しいアメリカ流の統計学を東大でどのように教えていくかというとき、東大のなかでも新しい学部、学科として統計学を独立させることにはならず、結局、「学部をまたいで一緒に統計学をやっていきましょう」という話し合いがあったと聞いています。と言っても、まだ私は生まれていたかどうかの時代ですが(笑)。

西内 インドのカルカッタ(コルカタ)には統計学の単科大学もあるくらいなんですが、そうしたレベルではまったくないということですね。