キッカーはゴールを決めたい「だけ」なのか?

 ゴールの真ん中を狙えば成功率がグッと上がるのに、実際にそこを狙うシュートは17%でしかない。どうしてそんなに少ないんだろう?

 1つには、真ん中を狙うなんて、一見とんでもない考えに思えるからだ。ゴールキーパーめがけてボールを蹴るだって? そんなの普通じゃないし、まさかの常識破りだ――でもそれを言うなら、病原菌を注射して伝染病を予防するなんて考えも、最初はそう思われていた。

 また、PKでキッカーが有利な理由の1つは、ボールの軌道が予測不能だからだ。キーパーには、ボールがどこに飛んで来るかはわからない。もしキッカーが毎回同じ場所を狙えば、成功率はガタ落ちする――真ん中狙いが増えれば、キーパーも戦略を変えてくるだろう。

 とくにワールドカップみたいな大一番で、キッカーが真ん中を狙わない、3つめの大事な理由、だがまともなサッカー選手なら絶対に認めようとしない理由がある。それは、恥をかきたくないという気持ちだ。

 もう一度、PKを蹴ろうとしている選手になったつもりで考えてみよう。この大変な瞬間、あなたの本当のインセンティブ〔人を行動に駆り立てる動機や要因〕は何だろう? そんなの聞くまでもない。シュートを決めてチームを勝たせることだ。それならど真ん中を狙えと、データは教えている。でも、試合に勝つことがいちばんの願いなんだろうか?

 あなたはボールを前に立っている。真ん中を狙うぞと、心に決めたところだ。でもちょっと待った――もしキーパーがダイブしなかったらどうなる? どういうわけかキーパーが仁王立ちのまま、真正面に蹴り込まれたシュートを腹で受けとめて、一歩も動かずに彼の国を救ったら? みじめにもほどがある。いまやヒーローはキーパーのほうで、あなたは闇討ちに遭う前に家族を国外に逃がさなきゃならない。

 ふうむ、とあなたは考え直す。

 なら普通にサイドに蹴り込んだらどうだろう。キーパーが読みを当ててボールを止めるかもしれない? いや、果敢なトライに阻まれたって、雄々しく攻めたことに変わりはない。残念、ヒーローにはなれなかったけれど、国外逃亡の必要もなくなるってわけだ。

 この「下手すると恥をかくようなことは避けて、自分の体面を守る」っていう、利己的なインセンティブに従うなら、あなたはきっとサイドに蹴り込むだろう。

 逆に、利他的なインセンティブに従って、恥をかく危険を冒してでも国のために勝ちに行くなら、真ん中にシュートするだろう。

 ときとして人生には、ど真ん中を狙うのがいちばん果敢、ってこともあるのだ。

(※この原稿は書籍『0ベース思考』の第1章から一部を抜粋して掲載しています)