外国のトップ選手は日本人に比べ、体がひとまわり大きく、太い筋肉を身に着けている。桐生の左隣を走ったベイリーは193センチ、82キロ。桐生は175センチ、68キロでとても太刀打ちできないように見えた。現場でレースを見ていた人の多くが、この日本人選手も最後は失速し、ベイリーらに離されてゴールすると見ていたはずだ。

 ところが今回の桐生は違った。スタートダッシュを決めてトップに立つと、そのまま加速。後半になってもそのスピードは落ちず、必死で追いすがるベイリーたちを振り切ってゴールしてしまった。

 タイムだけでなく、相手関係から見ても桐生の実力は本物。目の前にあった分厚い壁をぶち破ったといっていい。

非アフリカ系で10秒切りは過去2人だけ
アジア人初の偉業達成は近い

 そしてこれは人種的身体能力の限界を超える偉業達成が近づいていることも意味する。

 陸上男子100メートルのアジア記録は昨年9月の仁川アジア大会でカタールのフェミ・オグノデが出した9秒93だが、オグノデはナイジェリア出身でカタールに国籍を変えた選手であってアジア人ではない。また、アジア国籍選手で初めて10秒を切った(2007年)カタールのサミュエル・フランシスもナイジェリアからの帰化選手。今後、桐生が10秒を切る公認記録を作ればアジア人種最初の快挙となるわけだ。

 世界に視野を広げると、桐生が成し遂げようとしていることはもっとすごいことが分かる。現在、100メートルで10秒を切ったことがある人物は94人いるが、そのうち92人がアフリカにルーツを持つ選手だ。アフリカ系以外で10秒を切っているのはフランス人のクリストフ・ルメートル(9秒92)とオーストラリア人のパトリック・ジョンソン(9秒93)の2人だけ。桐生が10秒を切れば、世界で3人目の非アフリカ系選手になるわけだ。