「出口がない」母子の貧困問題
なぜ、調査研究をしないのか?

この日夕刻、母と子4組・きょうだい1組・CPAOスタッフ・来訪者など合計15人が夕食をともにした。メニューは、ご飯・里芋のポタージュ・ハンバーグ・フルーツサラダ
Photo by Y.M.

 母親が疲弊しているだけではない。子どもたちも虐待トラウマに蝕まれたまま、充分なケアを受けられない状態が続いている。

「小学校中学年の上の子も、『死にたい、死にたい』と言っている状態です。お母さんはフラフラになりながら働き続け、離婚調停も進め、親権も争っています。今、お母さんが倒れたら……子どもたちは、虐待していたお父さんのところに戻ることになるかもしれません」(徳丸さん)

 もし、そういう成り行きになってしまったら、子どもたちはどうなるのだろうか?

「暴力の中で育ってきた子どもたちが、暴力的になりやすいのは当然です。その子どもたちの父親も、子どもの頃、父親から虐待を受けていたそうです。何のケアもされない子どもたちに、暴力の連鎖が引き継がれていくことは避けたいです」(徳丸さん)

 ともあれ今、母親と子ども2人が必要としているのは、まず、安全・安心が保障された日常生活。それから治療。トラウマ障害の治療を熟知し充分な経験を積んだ精神科医を見つけ、母親が安心して治療と子どもたちのケアに専念できる状況を用意しなくては、治療効果も上がらないだろう。しかし、福祉事務所のケースワーカーに理解と対応を求めることは不可能そうだ。

「なぜ行政は、もっと親をサポートしないんでしょうか? 子どもたちの様子を気にかけないんでしょうか? お母さんと子どもたちが、どういう悪いことをしたというのでしょうか? 全部、自己責任だというのでしょうか? 私たちは問題を解決するために、どこに、何を言っていけばいいのか……思いつきません。ですが、子どもたちと、ずっと付き合っていきたいと考えています」(徳丸さん)

 私は、ゴールとして目指すべき状況を想像してみた。

 DVや虐待のトラウマは、一応の治癒をみたと言えるまでに、少なくとも5年は必要だろう。「下の子どもが小学校を卒業するまでの6年間で」として治療目標を一応設定し、その間、母親と子どもたちが平穏な日常を送り続けられるように配慮することはできないものだろうか? もちろん、母親の回復の状況によっては、「慣らし運転」的な就労は考慮されてよいだろう。

 むしろ母親自身の貧困は、子どもたちが高校を卒業して自分たち自身の人生・家庭を築き始める12年後、母親が50代前半となるころから、いっそう深刻な問題となる。単身となる母親の生活保護からの脱却は、その時期を目標として、12年かけて緩やかに着実に準備すればよいのではないだろうか? その後、母親が65歳あるいは70歳まで就労を続けて年金保険料を支払い続けることができれば、結婚していた時期の年金加入の状況によっては、老齢年金を受給できる老後もありうる。結局は生活保護を併用せざるを得ないとしても、「生活保護100%」とはならずに済む。