各国が南沙の岩礁を支配
中国はその一部に過ぎない

 日本のメディアでは中国が「一方的に」埋立てや飛行場建設を行った、との報道が多いが、中華民国(台湾)は第2次世界大戦直後の1946年から南沙諸島中最大で唯一水が出るイツ・アバ島(大平島)に軍艦を派遣、その後部隊を置き2008年1月には1200mの滑走路が完成した。フィリピンはパグアサ島、ベトナムがチュオンサ島、マレーシアがラヤンラヤン島に飛行場を建設し、一部では埋立ても行われている。どれも他国の了承を得ず「一方的」に行ったのだから、中国の行為だけを「一方的」と論じるは公正ではなかろう。

 太平島(日本名・長島)では日本のラサ工業が1919年から燐鉱石の採掘を行い、第2次世界大戦前の1938年に日本は領有を宣言し「新南群島」と命名して、台湾南部の現在の高雄市に編入した。1952年4月に日本は当時中国の正統政権と認めていた蒋介石の中華民国と「日華平和条約」を結び、その第2条で台湾、澎湖諸島、新南群島、西沙群島に関する権利を放棄した。当時中華民国は南沙諸島中最大の太平島を管轄下に入れており、2国間条約で日本が「新南群島」(南沙諸島)を放棄したことは台湾を含む中国に渡したと考える方が妥当ではないか、と思える。

 日本政府としては放棄した領土の件で論争に巻き込まれるのは馬鹿気ているから「条約にはどの国に渡すとは書かれておらず、帰属は未確定」と言う。だがそれでは台湾、澎湖諸島もどの国に属するか未確定か、という妙な話になる。日本が「新南群島は中国・台湾に渡した」と言って、他の国々に憎まれては損だから、知らない振りをするのは賢明だが、南沙は日本が統治していた時代には台湾の一部だったことを腹中に収めて、この問題を見るのが良いのではと考える。

 中国が南沙諸島・南シナ海の支配権を握っているような報道もあるが、実は中国は出遅れたため他国に比べごく一部しか支配できていない。一応「島」と呼べそうなものは12あるが、ベトナムとフィリピンが各5島、台湾とマレーシアが各1島を支配し、中国はゼロだ。

 主な岩礁や砂州で各国が支配しているものは8ヵ所数えられるが、中国が4、ベトナムが3、フィリピン2、マレーシア1だ。満潮時に水没する「干出岩」6つのうち中国は4、ベトナム、マレーシアが各1だ。岩礁や干出岩は無数にあるから、人により区分も数え方もまちまちだが、中国が支配しているものは意外に少ない点では一致する。後から来たため、他国が手を付けなかった岩礁や干出岩しか取れず、そこに無理をして構造物を建てたり、埋立てをするしかない状況のようだ。