マルサスは貴族(地主)側につきます。産業資本家が生産する財の購入者は貴族と労働者であり、小麦価格下落による貴族(地主)の窮乏は、結局、需要の減退につながるから保護貿易(穀物法維持)をとるべき、と主張しました。
リカードは産業資本家側です。穀物法を維持すれば小麦価格が上がり、利潤が減る。すると資本蓄積が進まない、したがって穀物法を廃止して自由貿易を進めるべき、と主張しました。つまり、穀物法の存在は穀物価格を上昇させ、賃金騰貴、利潤率下落を通じて資本蓄積を阻害するというわけです。
穀物法が完全に廃止されたのはリカードとマルサスの没後だけれどね。
受講者 現在のTPPをめぐる論争みたいだなあ。
そうなんだよ。自由貿易と保護貿易をめぐる論争は延々と繰り返されている。自由貿易は相互に利益となる、とリカードが証明していても、どうしても納得できない階層が出てくる。これはいつの時代でもどこの国でも同じです。
リカードの比較優位説を考えよう
リカードは、自由貿易国は相互の利益を増やせることを証明しました。これを比較優位説といいます。彼は生産費の違いによる2つの貿易財の関係を考えました。著書『経済学および課税の原理』(1817)を読んでみましょう。
リカードは、英国とポルトガルで以下の2つの財を生産するために1年間に必要な労働者数を計算します。
・英国:毛織物=100人 ワイン=120人
・ポルトガル:毛織物= 90人 ワイン= 80人
つまりポルトガルでは、ワイン労働者を毛織物労働へ振り向けるよりも、毛織物は輸入し、その分の労働者をワイン製造に投入したほうが得だ、ということですね。
これが機会費用の考え方で、比較優位説の原理です。ワイン労働者を毛織物労働へ向けることによって、ワイン生産がどれだけ犠牲になるか、という計算です。法律では逸失利益と呼ばれる考え方です。ただこの事例は直感的に分かりにくいから、著書『これならわかるよ!経済思想史』では、ほかの経済学者3人による説明も紹介しているので、ぜひ読んでみてください。
受講者 一方、リカードの論的だったマルサスは人口論で有名ですよね。
マルサスは『人口論』(1798)を発表して世間を驚かせます。食糧は等差級数(数列)でしか増えず、人口は等比級数(幾何級数)で増えるとして、悲観的な未来を提示します。つまり、貧困は避けられないということだね。
マルサスは『人口論』初版で、危機を回避するには「積極的抑制」(飢饉、疫病、戦争)しかないと述べていますが、第2版(1803)では「道徳的抑制」(晩婚、婚前交渉の抑制)で過剰人口を避けられるとしました。つまり、人間は英知により、食糧争奪戦の悲劇を回避できるだろうと。それで産児制限のことをマルサス主義というのです。
のちに、このマルサスの悲観論は全般的恐慌論、リカードの自由主義的楽観論は部分恐慌論につながりました。恐慌とは、急激かつ大規模に起きる景気後退のことです。リカードは「部分」で収まり、やがて回復するという。マルサスは恐慌が「全般化」し、大危機に陥るとしたのです。