マルサスはダーウィン『進化論』にも影響を与えた
マルサスはチャールズ・ダーウィン(1809-82)とカール・マルクス(1818-83)に影響を与えます。ダーウィンは、『人口論』を受けて生物の生き残り戦略を考えた。それで「適者生存、適応、自然選択」という進化論が着想され、『種の起源』(1859)を書きます。理論的な影響を受けたかどうか確証はないらしいですが、ダーウィンが『人口論』を手に取ったことは間違いない。理論じゃなくて発想からインスピレーションを受けたのかもしれないね。
マルクスはマルサスの全般的恐慌論(悲観論)とダーウィンの進化論から唯物史観を着想します。唯物史観とは、原始社会、封建社会、資本主義、社会主義、共産主義へと進化していく歴史観だと考えてください。マルクスは『資本論』第1巻の第2版に署名してダーウィンに献呈しているんですよ。
受講者 スミス後の古典派経済学で、もう1人の重要人物はだれですか。
ジョン・スチュアート・ミル(1806-73)です。『自由論』(1859)で市民社会の自由について深く考察しています。
市場メカニズムが機能する前提となる市民社会の自由について、同書で明確に指針を出しています。のちに登場する社会民主主義やリベラリズムにも強い影響を与えました。入江昭さん(ハーバード大学名誉教授)がこのリベラリズムを「19世のリベラリズム」としたのは、自由放任の「18世紀のリベラリズム」とは違うからです。
受講者 「団結する自由」まで出てきます。
『自由論』を出版した1859年ごろ、英国に工場法はあったものの、9歳以上18歳未満の子どもと女性の労働時間が最長10時間、男性は12時間と、ひどい労働条件でした。賃金は食費だけでせいいっぱい。
ミルは「団結する自由」を書いていますが、政府が「団結する自由」が認められなければ、それは自由な社会とはいえないと言っているわけだから、自由を守る政府が必要になる。それでのちの社会民主主義にも影響を与えたのでしょう。
「18世紀のリベラリズム」は、そもそも産業資本家の自由であって、労働者が対象ではないからね。一方、まったく反対側の社会主義者からすると、労働者の革命政府に反対意見を唱える自由は認められない。つまり、左右両極にとってミルの『自由論』はヤバイわけだ。
こうしてヨーロッパでは自由主義的な古典派経済学の時代が続いたわけです。豊かな社会が出現するはずですが、実際は資本を蓄積した各国の利害が衝突し、軍備が拡大されて、海外植民地の争奪戦が激化します。富は集中し、格差は拡大、貧困層が増え、財政危機も進みました。古典派経済学の想定とは逆に、政府は大きくなっていく。「18世紀のリベラリズム(自由主義)」が復活するのは1980年代を待つことになります。
つまり、英国では自由貿易論が国民的信仰になっていたにもかかわらず、19世紀に古典派経済学のリアリティはなかったと思う。労働者は長時間労働を強いられ、景気は悪化する。英国の19世紀末は大デフレの時代でした。こうした経済情勢を背景にして、マルクス経済学がリアリティをもって迎えられたわけです。