「銅線など、一部の原材料価格が上がり始めています。相場ものなので、多少の上下は仕方ありませんが、このまま上昇傾向が続くと収益がさらに悪化しかねません。不良率改善による生産コストの一刻も早い削減をお願いします」
ウェイが副工場長のチョウを暗に批判したところ、チョウは声のトーンを上げて反論した。
「生産コスト上昇の原因は、原材料費よりも人件費の上昇のほうが大きいのではないか。また、営業も顧客からの品質要請にもう少し余裕を持って対応してほしい。そもそも顧客からのディスカウント要求が増していることが収益悪化の根本原因ではないか! 生産部門だけを非難されても困る」
「品質低下の責任を営業のせいにするのは、責任転嫁だ! 競争が激化している中で価格を上げようとすれば、オーダーは来なくなるぞ。顧客が作っている家電製品の性能だって、上がってるんだ。以前と同じものを作っていれば売れると思うのは大間違いだ!」
営業のミンが激しく反応し、今度は開発部門への不満をぶちまけた。
「そもそも新製品の開発はどうなっているんだ! 価格競争に巻き込まれないように、新型機を一刻も早く開発してほしい。もう3年も待っているんだ。こうしている間にも競合がもっと良い製品を投入したら、これまでの苦労が水の泡になってしまう!」
いきなり話を振られた山田はあたふたして、彼の立場を主張した。
「開発要員と開発設備が不足しているんです。今の設計では、顧客から要求されている静音水準に達することができません。ところが、静音ルーム(製品から発せられるノイズを測定する密閉された部屋)は返品のノイズ検査で塞がっており、開発に使える時間は限られています。開発要員もその検査に駆り出されている状況です。静音水準を満たそうとすると、今度は冷却性能が低下してしまいます。このトレードオフを解決するためには、今の設計を抜本から見直す必要がありますが、そこまでやると年内に製品化までこぎ着けるのは不可能です」
そこから先は、営業、生産、調達部門の口論がさらに激しく入り乱れ、健太は議論についていけなくなった。一つ確実に理解できたのは、経営陣の関係がうまくいっていないということだ。スティーブも皆の意見をまとめられず、会議はなし崩し的に散会となった。
皆が大会議室を出た後、瀬戸、麻理、健太の3人が残った。
報告会の間、静かに議論を見守っていた瀬戸が、おもむろに健太に尋ねた。
「丸山君、今の会議についてどう思ったかね」
「議論が噛み合っていないようですね。お互いにできない理由を並べて、責任を押しつけ合っているように聞こえました」
「なるほど。君はどうすれば、この会社の業績を建て直せると思う?」
「先ほど、顧問にお会いする前にスティーブと議論しました」
健太はノートを眺めながら、続けた。
「彼が言うには、この会社の課題は3つあります。1つ目が不安定な生産品質、2つ目が開発部門の鈍い動き、最後が原材料費の高騰と価格競争の激化ということです」
すると、麻理が冷たい口調で言い放った。
「それって、何も言ってないのと同じですね」
突き放したような言い方に、健太も思わず気色ばんで応じた。
「それは、どういう意味だい?」